ニューパラダイムシフト

資本主義と自然循環主義

(2020.3.2~)

何人かの先人たちが話していますように、独占資本主義は着々と終焉に近づいているように見えます。それは今回の新型コロナウイルスによる経済流動の停滞からではなく、5年~10年後になる少し先の話です。一旦、米国の株価は下がりますが、国債の低金利政策と大規模減税により改めてバブルに向かって進むことになります。ただ、それは発散へのステップにすぎません(図)

坂道を降りていく自転車のハンドルが左右に振れ、仕舞いには操作が効かなくなって吹き飛んでしまうように、あるいは何度かの波に耐えた小舟が最後の大きな波に飲まれて転覆してしまうように、振れを直そうとすると逆の方向に更に大きく振れてしまうという現象が起こります。

米国の金利がマネーの価値を制御する最後の切り札でしたが、それも下がり始めました。これは更なる負債の増加につながり、利子が大衆を苦しめることになるため、このおかげで米国もデフレの方向に進みます。

世界中の資産はあらゆる負債により成り立っており、株価・貯蓄・内部留保などほぼ資産が負債で相殺される状況となっています。また負債には利子(金利)が存在しますが、これは資本主義においてより大きなお金に集中するという構図になりますので、数年前まではこれらは銀行に集まっていましたが、現在は国家の低金利政策により銀行ではなく国家(政府・日本銀行)に集まるようになりました。とにかくお金が集まるところにしか集まらないという構図に変わりはありません。

2020年の時点で世界の負債額は3京円(30,000兆円)に迫る勢いです(図)

(時事ドットコムニュースより)

ラリー・ペイジでさえ、アルファベットやグーグルの方向性を自分で決めることが出来なくなりました。世界には時価総額が100兆円を超える企業が数社出てきていますが、これらは当然、市場の株主が株券を購入することで企業価値を上げており、上場企業であるのが常です。

ある大企業の時価総額を仮に100兆円として、創業者が仮に20%ほどの株式を保有していたとします。その場合、創業者は20兆円の資産を保有していることになりますが、残りの80兆円を市場の個人投資家や金融企業、ファンドなどが保有していることになります。仮に各々の株主が1,000万円保有していたとすると、800万人がそれを保有していることになります。

創業者は「これ以上会社を大きくしなくても良いのに。」と考えても、そこに歯止めをかけることは困難です。株式保有者の800万人がその1,000万円を1,500万円に、あるいは2,000万円にしたいと考えるからです。だからといって、これ以上会社の成長を望むのは至難の業です。また、それ以上大きくしたところで最終的にはそこに勝者は見つかりません。

ジョブズやゲイツが後世100年後に称えられることがあったとしても、その後、出現した巨大IT企業の創業者達がたたえられることは今のままではありえないでしょう。彼らは基本的には単純な仕組みづくりを誰よりも早く行ったというだけのことです。彼らには最新のサイエンスもテクノロジーも、もはや存在しません。先人の知恵の結集という果実を誰よりも先にもぎ取り、それをひたすら食べ続けていたというように見受けられます。

ペイジは株主総会に2年続けて出席せず、ピチャイに一般株主の相手を任せています。これは現状に不満を抱いていることを表していますが、それは当然のことです。自分のやりたいことをするために周りを説得しなければいけないのですが、そればかりに時間が費やされ、やりたいことはいつまでたっても出来ない状況が続きます。

最先端の研究者の口から「イノベーション」という言葉を聞いたことはありません。これは恐らくそのようなものは存在しないという事を直感的に理解しているからではないでしょうか。あらゆるサイエンスもテクノロジーも地道な努力の上に存在しています。それは一歩一歩でもなく、遥かに短い前進と後退の繰り返しです。これを経験している人々が賞賛されるに値します。

巨大IT企業の創業者達が後世にわたり認められる存在になるには、新たな大学を創造したスタンフォードのような生き方が一つの参考になることでしょう。

日本企業の内部留保が500兆円を超えたそうです。これは将来のリスク回避などではなく、役員のサラリーマン気質を表しているだけということも判ってきました。自分の短い役員の任期中に経常利益を上げることが、自分の報酬に結びつきます。そのため経常利益を下げる行為(社員の賃上げ、新規事業立上げ)は積極的には行いません。また、失敗すると責任を取らなければいけないようなチャレンジングなことも行うことはめったにありません。上場企業になると大企業のCEOでさえ、その場であらゆることを即決することが出来ないのです。これが非上場企業の社長であるなら話は別です。

片や、日本の個人金融資産総額は1900兆円と言われております。将来が不安であるならば、若い世代や子供たちにお金をかけて将来を担ってもらうべきなのですが、そこにお金を投じないため更に不安を増すという悪循環に陥っています。

また、政府は国民の生活を豊かにすることが目的ではなく、GDPを上げることが目的と化してしまっているため、毎年年の瀬になると数十兆円規模の補正予算を組み、これを公共投資や大企業に投じます。それで足りない上昇分のGDPを補いますが、この行為を長年続けることにより大企業は労せず利益を確保できるため競争力が失われ、特に電気・電子分野では海外のメーカーとの競争に敗れていっています。

日本の地方銀行105行のうち、その半分が2期以上の赤字となり、27行が5期以上連続の赤字となりました。

(時事ドットコムニュースより)

2019年度に地方銀行のいくつかはそのままでは破たんとなるため、大手と資本業務提携を行い、何とか生き残りに努めています。また、他の地方にある信用組合も公的資金を得て存続に努めています。経済の崩壊はいつも端からのドミノ倒しで始まります。今の地方経済は、倒れ始めそうなドミノを「懸命に見つけては支えて」を繰り返しているところです。

資本主義はその性質上、売上数の増加か物価上昇(インフレーション)による利益の拡大が無いと継続することが出来ません。その理由は事業を継続していくにおいて新たに資金を準備する必要があり、資金を調達すると調達先に利息などの対価を支払わなければならず、その分を上昇させていく必要が出てくるからです。

近代から現代において資金を供給する役目は銀行が担ってきました。経済活動が現在のように複雑ではない時代は、銀行員がそれぞれの事業に対する将来性の目利きをして、貸し出しの判断を行ってきましたが、ITなどの新しい産業が立ち上がり事業が複雑化するにつれて、各事業の将来性に対する判断が非常に困難となりました。このことが銀行の貸し出し力の低下につながり、資金の流動性の低下(貸し渋り)につながっていきます。銀行はこのままでは自分たちが食べていけないため、安定的な収益を確保するために「国債」の購入へと走ります。

2008年ごろは日本の10年国債の利率がまだ1.5%以上ありました。銀行の手元にある預金で100億円分を購入すれば、黙っていても毎年1.5億円の収入がある計算となります。しかしながら、2013年に始まった金融緩和により、利率はゼロベースとなりました。これにより銀行は国債を購入する意味がほぼなくなり、食いぶちをアパートローンやカードローンに求めることになります。これらは特に年配者を標的にした搾取でしたので、現在は金融庁からの指示でブレーキがかかっています。このように資本主義ではメインプレーヤーであった銀行やゆうちょが非常に苦しい立場となり、様々な事件や問題も発生しています。

国債は「政府」が発行します。「日本政府」が発行した国債は利率の関係で現時点では銀行なども購入しないため、日銀がその購入を一手に引き受けています。日本政府は毎年40兆円の国債を発行しますが、これを「借金が増える」というように発表したり、TVや新聞報道などで国民に伝えています。

しかしながら、これはあくまで「政府の負債」であり、日本国全体の負債(借金)ではありません。

政府が負債(例えば40兆円)をかかえたということは、まずその時点でその分現金が手元にあるということを意味します。自分が誰かからお金を借りて、まだ使っていない状況を想像してみましょう。このお金を政府が予算として各省庁の預金口座に振り込みます。政府の手元からお金は無くなりましたが、各省庁の預金口座にはお金が生まれました。これが補正予算として公共事業を行う企業に渡り、公務員の給与にもなり、医療費の一部にもなります。国民の資産になったことを意味します。

日本国家を一家族と見立てて、家計との違いを比較してみましょう。

日銀が母親、政府が父親、企業が兄、会社員が弟としましょう。

兄(企業)が家事を行った見返りに、父親(政府)が兄におこづかい(補正予算など)をあげたいのですが、手元にお金がありません。しょうがなく、父親は母親(日銀)に「来月返すから」と借用書(国債)を渡して、お金をもらい、それを兄に渡し、兄は自分が行った家事を助けてくれた弟(会社員)におこづかいの一部を渡す(給与)ということが行われたとします。

この時に家計全体のお金の量は変わりません。普段、国内で行われている経済活動はこれと同じことが行われています。兄や弟が外で買い物をした場合(国家においては=輸入)のときにお金の量が減ります。

母親の手元にあるお金が父親を経由して兄に渡り、そのうちの一部が弟に渡るという流れでしたが、このように家計の場合は母親のお金は減っており、父親から返してもらわなければ仕舞いにはお金が無くなってしまいますが、日銀という母親は返してもらおうが、もらわなかろうが、新たにお金を作り出すことが可能です。

実際には国債償還といった方法で政府は日銀に返済を行っていますが、新たに発行する国債の額のほうが増加しており、これを「借金が増える」という報道につながっています。

先にも挙げましたが、企業の内部留保は500兆円、家計の資産は1900兆円にものぼりますが、流動性が無く、これらは停滞しています。この数年間の金融緩和政策によって作り出されたお金です。この2400兆円を1億人に分散した場合、2400万円/1人になります。4人家族であれば9600万円/一家にもなります。このうちの半額分を分配するだけでも、まずは日本国内で起こっている相当の問題が解決する事でしょう。

実際のところ、日本は経済成長ではジリ貧の状態を20年以上進んでいますが、世界から見て本当に貧乏なのでしょうか?日本には国内の資産とは別に海外で使用できる資産も多く保有しております(対外資産、ドル、gold、等)。これらは341兆円にのぼります(図)

財務省サイト https://www.mof.go.jp/international_policy/reference/iip/2018_g.htm

これは国別では世界一の資産になり、日本円が安全資産と言われる主因です。これが担保となり金融緩和政策において多額のお金を生み出したとしても日本円の価値が下がらないというわけです。この対外資産をお金に変えて、石油や原材料を購入し、国内に備蓄しておくなどの政策を打つことが出来れば何年かは余裕を持った生活ができるようになります。

しかしながら何故、日本はデフレーションが続くのでしょう?その最大の理由は「税制」が第一に挙げられます。

元々、税金は罰則の意味も有します。となりますと消費税は「消費をすると罰を受ける」ということを意味します。ですので大衆は消費をしたくても、最低限の消費しかしなくなります。また、法人税は減税をしていますが、これは企業の純利益を増やすことを後押しするという意味あいがあります。政府としてはこの余剰分を会社員の給与や設備投資に回してほしい、あるいは本社を日本国内に置いて欲しいという考えで行っているはずですが、中小企業はそこまでの余裕はなく、大企業では前述のとおり短期的な視点で株価を上げなければいけないがために給与や投資に回すことは行なわないという現状があります。大企業の法人税を上げれば利益を上げすぎることが罰則になるため、給与や設備投資に回る可能性もありますが、本社の海外移転を初め、非常に多くの逃げ道があり複雑化してしまうという問題が発生します。また、社会保険料(厚生年金・健康保険など)も名称は違いますが、税金と同じものです。かつ、現状国民が支払っている社会保険料の金額は税金という名のものよりも、多い額を払っています。これは正社員の保険料額1に対して、企業も保険料額1(つまり合計2)を払わなければなりませんが、このことは企業が正社員を採用すると受ける罰則になりますので、正社員を採用することには躊躇してしまうことにつながります。

現在の税制は全て大衆の所得を減らし、生活を苦しいほうに向かわせるものとなっています。

また、もう一つのデフレの理由は、「不動産価格」にあります。

都会でも地方においてもそうですが日本の場合、住居や商業施設としての家賃と駐車場代(コインパーキング含む)が所得に対して非常に高い割合を占めます。デフレとは言いながらも不動産の価格だけはなかなか下がりません。特に低所得者になればなるほど所得額の中から不動産で支払う費用の割合が高くなり、これを支払うだけのために労働するという状況になっているようにも見受けられます。

都会でも地方でも商店街の活気が無い理由について、ITの発展によるオンライン購買も影響はしていますが、その発展よりも前に衰退は進んでいました。大型の商業施設に顧客を取られてしまっていたのが原因です。ただ、それが起こった本当の理由を紐解くと、「パーキング」が主因だということが判ります。今はほとんどの人が買い物は自動車で出かける時代となりました。大型商業施設には無料のパーキングがありますが、駅前の商店街に行くと必ず有料の駐車場を探さなければなりません。個人経営の飲食店なども同様です。個人経営の店主が各自で駐車場を借りるのは大きな負担となります。しかしながら駐車場が無いと集客できないという問題に苦しんでいます。

この不動産価格が下がらない理由も「負債」と大きく関係があります。

特に日本において、不動産は負債の最大の担保(保証として差し出すもの)となります。日本人は土地への執着が強い民族で、稲作農業主体のため先祖代々の田畑を守る風習や生活習慣、人口密度など他にも様々な理由が複雑に絡み、このような意識が形成されています。そのため、土地を手に入れる際に大きなお金を支払うことにはいといません。極端な比較例ですが、モンゴルの遊牧民に土地代を払うように言っても全く聞き入れられないことを想像すれば、日本人の土地に対する意識とは大きく違うことが理解できます。

ほとんどの人が「土地は高額なもの」という共通意識のために、この状態を長年維持してきました。また、値崩れしそうな場面でもそれを支えたのが負債でした。ある程度以上の不動産業者は他の業種より簡単に融資をしてもらえるため、資金繰りに困らず、売れ残っている物件を慌てて値引きする必要がありません。また、個人も不動産の購入だけは、多額で長期の負債(ローン)を組むことが可能です。不動産が担保になるからです。

1997年の建築基準法改正により、都心部の外観が大きく様変わりしました。以前は200m超級の建物といえば、東京タワー、サンシャイン(池袋)、ランドマークタワー(横浜)くらいしかありませんでしたが、2010年以降は数えきれないほどのタワーマンションやオフィスビルが立ち並びました。以前は大手町のビルから皇居の内側は見えないように高さを制限していたそうですが、現在は上から完全に見下ろすことができるようになってしまっています。また、主要な駅は「駅ビル」となり、多くの飲食店や商業施設が立ち並びました。これらは「規制緩和」と資本主義にともなう「自由競争」の名のもとに進めてきた開拓ですが、このように後先を考えずお金や効率のためだけに進めてしまうと、必ず大きなしっぺ返しが自然界から到来します。それは震災かもしれませんし、他の災害かもしれません。

最近になり、MMT(Modern Monetary Theory:現代貨幣理論)が声高に言われることが増えてきました。変動相場制を採用し自国通貨を有している国家は、インフレ率に合わせて財政出動を行うべきという考えです。この考えには賛否両論ありますが、資本主義の上に乗っ取って考えた場合にはうまくいく理論の一つであることだと思います。そして、今回の経済的な騒動はこの理論を後ろ盾にして収めていく可能性があり、先に挙げたような「自国通貨」を有する国家は次々とこれを採用していくことでしょう。

この理論は、自国通貨を持たない国から見れば非常に不平等な理論です。例えばEU圏でユーロを通貨にしている国から見れば、こんな不公平はありません。

また、この理論を否定する意見の中に「環境破壊」に通ずる説明は今のところ存在しません。

お金を自由に発行しそれを自由に使えるという状況は、非常にナーバスな国家間の争いを生み出し、日々の争いなどという生易しいものではなく、ミリ秒単位で変化する為替戦争に発展してもおかしくはありません。日本のように内需よりも輸出で成り立っている国は円安のほうが利益を生むため、円を作り出し、その円を売ってドルを買う事で円安ドル高の為替に傾かせることも不可能ではありませんが、当然、米国の手前その様なことを明らかにして行うことは困難です。ただ、実態はこれに近いことが起こっています。また、米国は以前、中国を為替操作国と非難をしていたように元安ドル高も常態化していました。現在は中国の為替操作国認定は解除されましたが、世界経済の状況を考えると中国はリーマンショックの時と同じことを行うはずです。

中国は経済が発展している唯一の社会主義国家です。政府に非常に大きな権力があり、公には全人代(全国人民代表大会)をもって、国家の全てを決定することになっていますが、実質は中国共産党の総書記が最も権限を有します。前総書記である胡錦涛(2002年~)から内政に変化が生じ、社会主義国家でありながら自由市場を導入していき、それまでの官僚主導の社会を大きく変えていきました。習近平(2012年~)が掲げた反腐敗(虎もハエもたたく=上級官僚から官民まで)の政策などが、最も中国の内政の方針を表していると思います。日本においてはマイナス面の報道が多い印象がありますが、中国政府はきちんと国民に目を向けているように見えます。

2008年のリーマンショックの時点におきまして、世界各国の中で中国のみがMMTの概念を既に理解し、それを実行したおかげで世界経済は早い回復を見せ立ち直りました。中国のような大きな政府が持つ権力で迅速に直接的に物事を決めて行動に移すことができ、その理念が正しいものであれば独裁であろうが国家としては良い方向に向かうということを示しています。この中国が行っている方法と同じことをしようとしても今の民主主義=資本主義国家には到底できません。

中国が他の国と大きく違うところは土地が国有であることです。一部の農地は農業集団が所有します。このことが公共事業に直接投資を行う上で妨げとなる多くの事柄から回避することが出来ました。国がお金を新たに作り出し、公共事業などに投資して市場にお金が回り始めるとお金の価値が下がりインフレに向かいます。日本のバブルを振り返れば分かりますが、インフレ時に最も価値が上がるのが不動産です。また、食料も上がりやすい傾向にあります。中国政府は現在もハイパーインフレになるのを最も恐れており、そうならないよう不動産と農産物などの食料価格をコントロールしています。そのように気を使いながら、実質的なGDPを上げるために公共インフラを中心とする事業に最大の力を注いできました。とにかく作れば「技術」が蓄積し、次の時代でアドバンテージが取れることを予見していたのでしょう。マンション一つを取ってみても、そこに居住するという需要があるかどうかは関係なく、「造る」ことが目的だったのです。その「技術」が新しい産業構造を生み出します。

今回の騒動で米国は中国に2020年度にGDPを抜かれる可能性が出てきました。2020年3月中旬時点における米国のNYダウと日本の日経平均株価は最大値から約30%下がりました。ドイツのDAXは約35%ダウンです。それに対して中国の上海総合は約12%の下落となっております。この数値は実質的な生産力を表しています。特に米国と日本をはじめとする先進国は金融産業が最大の産業となりつつあり、有価証券の中間販売マージンや負債を用いた自社株買いなどから派生する利益を生業としている人が増えているため、今回のような金融危機が訪れると大幅なGDPの落ち込みにつながります。

米国は面積が広く資源も豊富なため先進国の中でも第一次産業が成り立っており、製造業や建築業のような第二次産業も就業者数を受け入れる裾野が広いです。それに比べまして日本は第一次産業は1950年頃から就業者数が減少し、第二次産業においても1995年頃から減少して、現在は微減をたどっています。それに比べてサービス業(特に医療・福祉等)や卸売業、金融業の就業者数は増加し続けています(図)

産業別就業者数推移_労働政策研究・研修機構

ここで国内製造販売と海外製品の卸売販売をGDPの観点から比較してみたいと思います。

製造業A社が販売業B社を通じて「製品A」をエンドユーザーである大手企業に販売するとします。製品Aを製作する際に、製造業A社は仕入先である子会社3社からそれぞれ部品を購入し、また他の1社から組立装置を購入します。出来上がった製品Aを販売業B社を通じて大手企業に販売した場合のそれぞれの売上金額と利益の例を図に示します(図)。エンドユーザーへの販売金額が10億円であるにもかかわらず、製造販売に関わった企業の総売上は22億円になります。

GDPの違い(国内製造と海外製造)

上記とは異なり、海外で製造されたものを販売業B社が大手企業に販売した場合には当然、売上は10億円です。ここで改めてフォーカスしたいのは、利益(GDP)においては国内製造だと8.8億円になるため、海外製造の2億円に比べて4.4倍も違うという事と、各企業の手元に残ったお金は、国内製造の場合22億円になるのに対して、海外製造の場合は2億円と11倍の違いが出ます。安易に製造拠点を海外に展開することのデメリットを国家を上げて考え直さなければいけません。

現在の中国は世界の工場となっておりGDPの数値が実態を表している傾向が高いため、このことが今回の騒動においても最も少ないダメージで済むと考えられる所以の一つです。

今後、新型コロナウイルスの感染症は各地で流行と収束を繰り返しながら徐々に人類に広がっていきますが、症状からは他の感染症との区別がつかないため当面の間は人々のあいだで混乱を繰り返していきます。様々な後遺症にも悩まされるため、迅速に病状の確定診断が出来る技術が望まれます。しかしながら、このような世界共通に必要な技術は従来、特許などで独占的に1社もしくは数社が権利を抑えてしまい貧しい国には行き届かないという現実がありました。これも「お金が最も大事」という独占資本主義の考えがもたらしているものです。

ここで特許の話をいたします。特許法の中に「発明」の定義が存在します(第2条第1項)。そこには【「発明」とは、自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度なものをいう】とあります。

トヨタ自動車が、それまで保有していた燃料電池自動車の特許を開放したのを皮切りに、ハイブリッドの特許も徐々に開放するという発表を行いました。表向きの理由は、それを固辞するよりもオープンにして誰もが利用できる方が市場が大きくなりメリットがある、という事になっいます。これは一理ありますが、本当の理由はこれではありません。特許取得の効力自体が弱まっていることが主因となります。

特許は物(構造)と方法(製造方法や手法)及びプログラムの特許が存在します。2010年頃までは「特許は構造で取るもの」という共通認識がありました。製造方法で特許を取得しても、各企業の工場でどのような手法を用いて製造したかなど知り得ないため、取得をしてもほとんど意味が無いからです。そのため誰が見ても真似しているかどうかが判る「構造の新規性・進歩性」で特許をするようにしていました。しかしこれも破たんしつつあり、これにはやはり中国の存在が影響しています。

中国経済の歴史は1985年に始まります。「科学技術体制改革決定」が発表されたのを機に農業から工業へと重点を移します。それまでは、旧ソ連の体制である「スターリン・モデル」を忠実に模倣し実行してきましたが、このモデルは①R&D資源の不適正な分配、②R&D成果の実用化の困難性、③技術・情報の流通の限定性、④科学者・技術者のインセンティブ不足といった問題点を生み出しました。これらの問題を踏まえ、これを解決するために技術を価値化して商業化し、産学官連携や企業間連携、特に開発型企業(今でいうベンチャー企業)を多く生む土壌を作り出しました。

(図)中国における技術移転の歴史(中国における技術移転システムの実態:JST-CRCC)

「スターリン・モデル」で挙げた①~④の問題点が、現在の日本における産官学連携の技術移転にかかる問題点と完全にマッチすることを思うと背筋が寒くなります。

その後、中国は2010年頃より中国国内で活動をする他国企業に対して技術移転の強制を迫るようになりました。技術情報を開示しないと商業活動が出来ないよう、行政を通じて土地・資金の確保を妨げたり、様々な許認可を下ろさないようにしてきました。また、もともと海外の技術を模倣することに罪を感じない風土も存在しました。しかしながら中国の市場規模はすでに大きなものとなっており、企業は技術情報の開示を飲んで活動をしてきました。このような技術情報の開示は後になり自分たちの首を絞めることにつながっていきます。

特に目で見える構造物は模倣することが簡便であり、実物が存在すれば簡単にコピーを作り出すことが出来るようになっています。それらを安価に大量に作ることで中国は急速な成長をしてきました。

特許は出願後、各国に対して権利行使を行うために、それぞれの国に対して移行手続きを行わなければなりません。費用は出願した企業の規模や移行先の国によりますが、150万円~300万円ほどかかります。全ての国に対してはさすがに行えません。また、中国で特許を取得できたとしても、それが守られる保証もありません。

このように中国が模倣品を作り、海外展開先においてもそれらと競い合わなければいけないことを考えると、よほどの特許でない限り権利を取得しても無意味であるという現実があります。

このような背景から現在は知的財産の全てを権利化せず、構造の一部を特許化し、残りの大半をノウハウとして開示しない戦略が取られているように見受けられます。特に形として目には見えない部分(料理でいうレシピ)を重要視するようになってきています。これは「化学」の分野の特徴です。化学は本質的に目には見えないという特徴があり、最終製品だけではなく途中の中間体もノウハウになるため真似されにくい傾向にあります。

更に真似をされにくいのは生化学や生物工学(バイオテクノロジー)の分野です。化学よりも全てにおいて複雑であるため、ノウハウが開示されていない場合、完全なるコピーは不可能に近いものとなります。

日本はこの分野に強みを持ちます。海に囲まれ四季折々の気候変化がもたらすその風土が、地域ごとに異なる微生物を育み、それらを利用したさまざまな「醗酵」の技術を培ってきました。日本が世界の中で圧倒的にリードできる可能性がある分野の一つです。

近い将来、すべての特許とは言いませんが、いくつかの重要な特許や知的財産は国家が管理し、国家間で契約を行う日が来る気がいたします。

また、人権や生命にかかわる重要な事柄については、世界各国において共有化されるべきです。

今回の新型コロナウイルスのワクチンや薬が開発された時には、お金が無くて手に入らないという事態をつくってはなりません。それは回りまわって自分たちに跳ね返ってくるということを理解しておく必要があります。

 

今回の感染症の騒動が収束してもしなくても、経済を回し始めなければならないという力が働き、やはり米国や中国が活動を始めます。しかしながら、一度止めてしまった経済活動を動かし始めるには様々なハードルを越えなければなりません。特に原材料や部品の入手をすることが困難となります。その中でも最たるものは、原油から生産される薬品類が挙げられます。

経済が止まると燃料の需要が大きく減ります。そのため、供給側も生産を減らします。このとき、ガソリンや軽油を精製する際に、それらとは別に分離される油類からガラスやプラスチックの原料などが出来上がります。リーマンショックから復帰する際には先進国でこれらが不足しましたが、それを補ったのが中国からの輸出品でした。今回も同様のことが起きる可能性があり、中国は前回と同じ準備をすることでしょう。

このような騒動や混乱のなか、原油の価格が大幅に下落をしています。昨年は1バレルあたり55~60ドル近辺を推移していましたが、現在は20ドル前後という破格の値段になっています。これは新型コロナウイルスによる需要縮小の要因だけではなく、2020年3月6日に行われた「OPECプラス」の会合で、ロシアが米国の燃料政策(シェール+原油)に敵対し、減産に協調しなかったことが事の発端です。

2019年12月に上場を行ったサウジアラムコは世界最大の時価総額となるサウジアラビアの国営企業で、第7代サルマーン国王の管轄下にあります。サルマーンや王太子のムハマンドがサウジアラムコを上場させた理由は「脱石油産業」と公言しています。これは当然のことながら「石油を大事に末永く販売していく」意図とは異なります。米国やロシアなど自給可能な国以外のシェアを抑え、短期間のうちに資金を蓄えて次の産業を作り出すことを目的としています。現時点でのサウジアラビアのGDPは80兆円/年でヨーロッパの中堅の国と同等の経済力が存在します。加えて、驚きなのは推定3500兆円を超えると言われている地下資源で、これら資源の売上をベースに石油に代わる次世代の産業を作り出す考えです。

今回の原油価格の急落は、米国やロシアの石油産業に対するサウジアラビアが仕掛けた石油価格競争です。米国のシェールオイルやガスは深部からの採掘のため通常の石油採掘よりコストがかかると言われています。それに比べてサウジアラビアは地下浅いところに採掘層があるため世界でも最もコストをかけずに石油の採掘が可能です。

サウジアラムコがお金のために動き出したことにより従来に比べ遥かに短期間のうちに地下のエネルギー資源が消費される恐れが出てきました。この動きもよほどのことが無い限り止められません。ロシアも石油を売らなければ生きていけない状況となるため、石油の価格競争でかなわない場合は軍事的な手段など他の手に出る可能性も無くはありません。

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このように行き過ぎた資本主義の未来と、便利な社会の中で暮らしている現実とのはざまに今の私たちは存在します。

便利な社会と引き換えに、環境破壊を行い自分たちで自然災害を引き起こしています。

地球からしてみればこのような環境破壊は痛くもかゆくもありません。人間やいくつかの生物が暮らしていけなくなるというただそれだけのことです。

現代型の資本主義の発展と環境保全はトレードオフの関係にありました。金本位制を廃止したことによりこの関係が更に急激な広がりを見せるようになりました。

2019年度、インドでは最高気温が50℃以上になった日が8日間あり、日本でも40度を超える日が2018年度に続き連続して出るようになりました。今の状態は「温暖化」などという生易しいものでは無くなってきており「熱帯化」というべきでしょうか。

熱はエネルギーです。エネルギーは無にはなりません。たえず自然の中を循環しています。その循環のサイクルに上乗せをしているのが地下資源を用いたエネルギーです。このエネルギーを改めて地下に戻すことは容易ではありません。戻すためにエネルギーを使用するからです。現在は地表の熱エネルギーを絶えず蓄積している状況です。エアコンや冷蔵庫など冷却しているように見える機器も、排熱を含めるとトータルでは地表を温めています。これからはこの熱エネルギーから他のエネルギーへの変換についての研究を更に加速して強化していく必要があります。現実的ではありませんが、地球を冷やすには宇宙区間に巨大な物体を浮かべて太陽光を遮断し続けるとか、地表の熱エネルギーを用いて作り出した燃料を使い、ロケットを打ち上げてその運動エネルギーを宇宙空間でほとんど消費するなど、従来の発想には無いことでもしないと今のところ不可能です。

まずは地下資源を使わない方向に進むことが第一歩となります。

1970年代ごろの日本においては、様々な建造物で材木が使用されていました。電柱、駅のホーム、橋、柵など今ではコンクリートや金属に置き換わりましたが、木で造られたものがまだ多く残っていました。木製の物は当然寿命が来ます。寿命が来るという事は循環するということです。コンクリートの頑健さで安全性を求める重要性も当然あります。しかしながらコストや効率化だけを考慮してコンクリートや金属、あるいはプラスチックにするのであれば、今後は積極的に木を使用するべきです。

木にするメリットは、他の物に比べて加工がし易く、そのためエネルギーをあまり使わずに済みますし、それこそ小型の加工機さえあれば個人でも事業を営めます。また、処分がし易く燃料・廃棄・リサイクルなどの面で優れています。加えて、プラスチックなどに比べても木の種類を選べば、遥かに多種多様な性質を持つため要望に沿った材質を選定することが可能となります。加工性が高く、塗装性にも優れていることから、固い木材であれば表面だけをヤスリやカンナがけを施した後、漆塗りなどして元通りにすることなども可能です。神社やお寺などはこのような方法で定期的に修復を行いながら非常に長い年月、建造物を保っています。

2006年まで世界最古の企業が日本に存在しました。それが「金剛組」です。寺社の建造や修復に特化した大工集団でしたが、残念ながら経営破たんをしました。国産の高級木材を用いなければならない中、少ない予算で作業を行わなければならなかったことだと予想できます。「自由経済・自由競争の中で負けた一つの会社にすぎない」というように放っておいて良いものだとは到底思えません。日本が誇る一つの貴重な文化のはずです。

木材であれば交換の頻度が5年に一度必要であっても、それが定期的な仕事に結びつくため産業が成り立ちます。国や自治体の都市計画、用地計画担当者や予算配分者は改めて公共事業に対しての予算割りや現在の調達方法を考え直さなければなりません。現在の入札システムは完全に間違っています。それに関係しますが、平等であるべき部分、質的、量的に差別化される部分、えこひいき(国産・地元産)なども考慮して調達は進めるべきです。

近年は港の横壁だけではなく、船底が壊れないようにという名目で海底までコンクリート化していました。実際は工費をかさ上げするためでした。そのようなところには生き物など住めるわけがありません。

最近になり、「生物共生型護岸」という生物が集まるような岩や砂がある人工的な環境を港湾付近に設置する試みも見られるようになりました。

ただ、昔は川岸や河口付近の海岸なども土手の崩落防止に木板が使われておりました。木板は縦長の板を海底の砂場に差し込んで、それを横に順に並べていき隣同士を針金でくくるというシンプルな構造の物でしたが、それは生き物の住みやすいマンションとなっていました。普段は海の中にほとんど隠れている木板が大潮の日には潮が引きあらわになります。5月の晴れた大潮の日にもなると多くの人が我先にと潮の引いた海底に立ち、木板の隙間を除くと、板の間ごとに必ず生き物が住んでいました。イシガニが一番多いのですが、モクズガニやクルマエビの時もあれば、ハゼやカサゴがいる時もあり、一番の大物はウナギでした。ほんの10分の間に天然のウナギが手づかみで皆のを合わせると50匹近く取れたこともあったのです。しかも翌月になれば、また新しい住人が住んでいるのです。都心に近い海でもこのような環境が存在していました。

今は日本全国、散歩がてらどこの港の周りをのぞき込んでも壁にはカキの殻が付いているだけで、何かが生きているという気配などみじんもありません。

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中枢神経と動物の変異

<記憶の形状>

(2018.1.11~)

カンブリア爆発と呼ばれる多くの動物門が出現したと言われている時代の初期、もしくはそれ以前にプラナリアのようなシンプルな中枢神経機能を持った動物が出現しました。

現在のプラナリアには「目:視神経」がありますが、カンブリア爆発当時のプラナリアに同じように目が誕生していたかどうかは分かりませんが、これより以前には光の受容体細胞が集団化し、明暗を判別する器官を持ちながらプラナリアよりもっとシンプルな中枢神経を持った動物がいたであろうという事も推測されます。

「目」が誕生したおかげで記憶しなければならない情報量がそれまでに比べ圧倒的に増え、中枢神経が飛躍的に発達したと考えられます。

また、目があることによって餌を捕ることにも圧倒的に有利となり、加えて、他の生物の餌食になることから逃避することも有利になったはずです。

このように目の出現により、競り合いが増え、それに適応するように甲羅のような外骨格ができ、それまでの柔らかい生き物と比較して化石として残りやすくなったため、その時期に爆発的に増えているように見えるという説が最近になって唱えられました *1

 

話は変わりますが、近年、脳研究が活発となり、記憶のメカニズムに関する様々な説が唱えられています。しかしながら、調べれば調べるほど疑問は増すばかりといった状況で、明確な答えは示されておりません。

ヒトが普段、生命活動を行う際には、常に意識が働き、「記憶する=インプット(入力)」と「思い出す=アウトプット(出力)」が行われていることは明白です。

この「記憶する」時に脳を中心とした中枢神経内で何も「形が変化しない」事は非科学的と捉え、必ず、何か物理的・化学的変化が起こっているという事を改めて提起いたします(①:意識は形状変化を伴うもの)

繰り返しますが、記憶するという事は中枢神経に何かしらの形が刻み込まれる事を意味し、思い出すという事は刻み込まれたその形を読み取っている事を意味すると考えます。世界にはこれと同様のことを提起している脳研究者も数多く存在します

例えばコンピュータの記憶装置であるHDD(Hard Disk Drive)は磁性粒子のS極/N極の向きの変化であり、SSD(Solid State Disk=フラッシュメモリ)では、電子の移動がそれにあたります。

しかしながらヒトの「記憶する」という現象は「何をもってその現象を起こしているか」について神経細胞(ニューロン)やシナプスが関係しているということが言われているぐらいで、具体的な物質は判明していない状況ですが、直感的には、いくつかの段階(レベル)が存在することは想像できると思います(記憶レベルの表:図1)

 

基本的に短期的な記憶は思い出す回数がまだ少ないために忘れやすく(形を失いやすく)もあり、長期的な記憶は思い出す回数が多かったために刻み込まれた形の数が多かったということです。

ではこの「刻み込まれる形」とは何なのか?という事になりますが、これは化合物1分子なのか、1原子なのか、1電子なのか、あるいは1細胞なのかは今のところ全く分かりません。

 

<用不用説とエピジェネティクス>

チャールズ・ダーウィン(英)が唱えた「進化論」の基本的な考えは「自然淘汰」です。生物は突然変異などにより新たな機能の獲得をすることで、環境に適応したものだけが生き残るという「適者適存」という考えです。

それより以前に、ジャン・バティスト・ラマルク(仏)は「用不用説」を唱えました。

よく使用する器官は発達し、使用しない器官は退化していくという考えで、{生物は「環境」と「意思」の働きによって直線的に進化する}というものです。

この主張は多くの人が納得し、受け入れられ易いにも関わらず、科学的に証明する理論が成り立たないこと、また【「意思」によって形質が変わるとは考えにくい】がために、事実として受け取られていないという現状が長く続いています。

ここで下記の図(図2)をご覧頂くと分かりますが、この二つの理論は相反するものではなく「用不用説」は変異を起こす力(種を増やしていく力)の一つであり、同軸(横軸)に突然変異やレトロトランスポゾンなどが存在します。

自然淘汰はこの横軸への広がりを抑制する力となっていると考えるのが正しい理解のように思えます。

また余談ですが、冒頭に挙げたプラナリアなどは数億年にかけて形が変わらず種が保存された生物種と考えられますが、これらは自己再生能力がとても高く、例えば体の99.6%を食いちぎられても元の個体に再生する能力があるため、変異を起こすことは種の保存に反することであり、現状の機能が保存されたと考えられます。

ここでエピジェネティクスの説明をいたします。

この20年ほどの間に、ゲノムに化合物(メチル化-CH3やアセチル化-COCH3)が結合することで、ゲノムの構造がバネのように収縮したり伸長したりすることが提起され、このような後天的な作用でも遺伝子の発現(転写・翻訳)に変化が生じることが分かってきました(図3)。また、このようなエピジェネティクスの作用を利用して哺乳類の一部では「ゲノムインプリンティング」という形で父親由来の遺伝子、もしくは母親由来の遺伝子に「しるし」を付けて発現調整を行っていることも判明してきております。

以前はたんぱく質の機能異常が起こった場合は、遺伝子突然変異が起こりたんぱく質の構造変化により機能異常が発生すると考えられておりましたが、このエピジェネティクスの概念により、遺伝子配列に変化が起きなくてもタンパク質の機能異常が起こることが説明できるようになりました。このことは体内に取り入れた化学物質が簡単なメカニズムで遺伝子発現を長期的に抑制したり、あるいは過剰に発現し続けたりすることができることを意味します。実際にがんなど病気の発生メカニズムに関与することなどが分かってきており、すでに創薬のターゲットとして応用されている例も見受けられます。

このように後天的な作用によって長期にわたり遺伝子発現が制御されるということは、1個体の動物の機能にも長期的な「変化」をもたらします。その「変化」のうちの一つが「病気」ということにもつながるため、エピジェネティクスの機構が慢性的な病気の発生に大きく関与していてもおかしくはありません。

話は変わりますが、一度筋力トレーニングなどで身に付けた筋肉はその後使わないとすぐに落ちてしまいます。しかしながら、落ちてしまっても、また完全に1からスタートとはならず以前より少ないトレーニングで筋肉は復活します。これは筋線維の数と量がトレーニングにより増えたとき、それが一度形状記憶され、そこに戻れる機構があるということです。筋肉は目に見えるので分かり易いですが、反射神経や手先の器用さなども同様のことが実感出来ます。

このように1個体において、神経の数や量、筋線維の数や量を生存していく中で増加させることができます。これは用不用説を否定した時に言われた【「意思」によって形質が変わるとは考えにくい】ということを1世代においては否定することができます。なぜなら動物は「意思」によって行動し、神経の数や筋線維の数を増やすことが可能であるからです。また、この神経数や筋線維数の増加が世代を超えて受け継がれる機構があることに疑いの余地はないはずです。突然変異と自然淘汰だけであれば旧時代の「サル」の中に突然「ヒト」の頭脳を持った個体が現れ、その個体の子孫だけが残り今に至るという事になってしまいます。「サル」から「猿人」と長期にわたり世代を通して脳を初めとする中枢神経を使い続けてきたからこそ、ここまで脳が発達したと考えるのが自然です。

各動物種は見かけ上、大きく違うように見えるかもしれません。「ヒト」と「ミミズ」が似ているというと驚く人も多いと思いますが、「ミミズ」には神経も血管も消化器官もあります。動物はそれぞれが住む生活環に合わせて行動が違ったことで、神経数量や筋線維の数量が変わっていったことでしょう。【進化】というと質の変化ばかり想像しますが、神経などの「数量変化の蓄積」が質の変化(外観)につながったものと考えています。

 

<脳髄液を渡る?次世代への伝播>

そうなると中枢神経に刻み込まれた「しるし」を次の世代へ伝播することができなければなりません。

まずはその前に生物の雌雄について考えていきます。生物はメスが基本形です。オスが存在しなくても単為発生(受精せずメスだけで次の世代が生まれて育つこと)をおこなう生物は哺乳類以外ではまれな事ではありません。ヒトの場合でも、Y染色体が分化・発生時に後から働くことでメスの基本構造がオス化していきます。この時に外見が最も異なるように見えますが、身体中の全ての臓器や器官が多かれ少なかれ変わります。脳もそうです。身体はオス化しても、脳が上手くオス化しない事は、よく起こります。レズよりもゲイが圧倒的に多いのはこのようにメスが基本形であることが主な理由といえます。

とはいえ「動物の臓器」については節足動物、昆虫、魚類、両生類、爬虫類、鳥類、哺乳類など非常に幅広い種別においても、構造と機能はかなり共通しています。要するに長期間にわたり変異をしていないという事です。それに比べて、骨格系、筋系、皮膚、消化器官(口から肛門までは体外)には種ごとに違いが大きく、変異が起こります。

以前に胚操作と核移植の手法を用いた発生研究*2において、オスーメスの受精で発生する(要するに通常の発生の)胎盤と胎児に比べて、メスーメスの掛け合わせによる発生では、胎盤の発達は未熟であり、胎児は比較的発達が良いことが分かっています。その胎児の細胞を用いて、より詳細な分化能(メスからの遺伝子が大きく寄与する身体の部位は何か?)を調べると、生殖細胞、脳、心臓、腎臓、脾臓などへの発達の寄与が高いことと、骨格系、筋系、肝臓、すい臓への寄与は低いことを示唆しています。それに反して、オスーオスの掛け合わせによる発生では、胎盤は通常より大きく発達しながら、胎児は未熟であることが分かり、また先ほどと同様に、オスからの遺伝子寄与についての詳細な分化能を調べると、骨格系、筋系、心臓などへの発達の寄与が高いこと、脳への寄与は低いことが分かりました。

このことから、メス側には臓器や脳を中心とした【インナーボディプラン】を保持する能力があり、オス側には骨格系や筋系、皮膚を中心とした【アウターボディプラン】を変える能力があるのでは?と推察されます。

普段はメスだけで世代交代を行う動物の中にミジンコがいます。自分が住んでいる池などの栄養状態が良い時は単為発生で世代交代を行っていますが、飢餓状態に近づくとオスが生まれ始めて受精を行うようになり、受精によりメスは飢餓環境に耐えうる耐性卵を生むようになります。メスがメスのみを生み出す単為発生ではほとんど自分のコピーに近い個体が増える状況となりますが、受精が介在すると精子は一匹ごとにゲノムが違うため様々な変異が入ってきます。ヒトにおける兄弟の違いと同じものです。外部環境の変化(特に気温や日照、運動能力の必要性)に対応するためにはアウターボディプランの変化が特に必要であることでしょう。分かり易い例では、生物が進化の過程で陸上に上がったのち、気温と日照に耐えうるため、それまでの魚類の鱗は爬虫類の鱗や哺乳類の体毛に変化し、その後爬虫類の鱗は鳥類の羽毛に変化していきました。

鱗から体毛に変化したと聞くと【質の変化】が起こったように感じますが、実際には「同じ遺伝子=同じ蛋白質」であることも多く、変異は【量の変化】であることが分かります。

ある個体がその寿命の中で経験したこと、記憶したこと、よく行ったことなどが、何かの形で「しるし」として個体内に残ります。例えば、よく指先を使う職人の細かい動きは、その部分に関係する神経細胞が活発に活動していることも想定できます。あるいは体を鍛えることで筋肉が増えていくことは誰でも起こっていることです。

また、生物には【収斂進化(しゅうれんしんか)】が存在します。オケラとモグラが一つの例です。それぞれ10億年もの遥か昔に全く別の動物(新口動物と旧口動物)から変異をして現在の昆虫と哺乳類という分類に至るのですが、どちらも土の中という同じ環境での生活が、手の形を全く同じにしています。土の中で穴を最も効率よく掘り進むには、この手の形が一番なのです。

繰り返しになりますが、このように行動や経験が変異に影響を与えているのは確実です。また行動や経験に最も関係し変異する器官は神経と筋繊維です。

このような行動と経験を生殖により次の世代へ伝播させる際に、その直前に引き渡すのが(遅ければ遅いほど=行動や経験が多ければ多いほど)最もメリットがあります。

次世代への伝播についてはまだ答えが明確に見つかりませんが、これまでに調べられていることを踏まえるといくつかのヒントが見えてきます。

1.ヒトや昆虫に限らず動物の中枢神経の末端は生殖器官付近に存在する

2.生殖液はアルカリ性である(水素イオン指数が大きい)

3.血液は非常に多くの細胞や化合物が混在しているが、脳脊髄液はそれに比べて純度が高く、アルカリ性である

 

 

*1:アンドリュー・パーカー(英)「眼の誕生―カンブリア紀大進化の謎を解く」渡辺政隆・今西康子(翻訳)

*2:国立遺伝学研究所「遺伝学電子博物館」ゲノムインプリンティング~父親母親由来ゲノムの役割分担より

https://www.nig.ac.jp/museum/genetic/04_b.html

〔佐々木裕之「現代医学の基礎第5巻,生殖と発生」(岩波書店)第9章より引用

 

糖の過剰摂取と脳の発達による酸素依存

今より10年前はまだ地球の全体像を見ることが出来るのは宇宙飛行士だけでしたが、現在ではインターネット上でgoogle マップ を用いると、衛星写真からそれを誰でもいつでも見ることが出来るようになりました。

中でも環太平洋地域と言われ大陸プレートが移動して出来あがったと思われる陸と海の境界に近い沿岸は、プレートの沈み込みによって非常に大きな溝(海溝)と大陸棚ができており、これまた非常にきれいな境界線を描いています。それらの海溝とは別に、よく見渡してみると違和感のあるひっかき傷のようなものが地球表面のあちこちに存在することが分かります。

 

一つは中南米カリブ海のキューバとジャマイカの間に存在する、幅100kmー長さ1000kmほどにも達するもの、または、パプアニューギニアやビスマルク諸島の北部で約200kmにわたる縦長の傷、パラオの北東部、マダガスカル北部、北極にある蛇のような形、インドの西、ハワイの東、ペルーやチリから西に1500kmほどの場所にあるいくつかの痕跡、あるいは、地上で例を挙げますとバイカル湖やウイグル自治区の楕円形など、従来唱えられている「パンゲア説」の大陸移動のみでは考えられない地形が数多く存在します。これらは隕石痕のようにも見えます。

話は変わりますが、地球は3つの回転運動をしており、太陽の周りを1年かけて周回する「公転」、地軸を中心に1日かけて自身が回転する「自転」、それとコマが倒れる前にするのと同じような地軸が傾き円を描く「地軸の回転=歳差運動」です。中でも「地軸の回転」は太陽から地表に向かう角度が変わるため、地球の温度への影響は大きいと考えられます。

  

生物は約35億年の歴史があると言われておりますが、その長い歴史の中で5度の大きな絶滅期を迎えていた形跡が化石などから分かってきております。その原因はおおむね隕石や小惑星が超高速(音速数百~数千以上)で衝突し、それがマントルまで到達することでスーパープルームといった大規模で超長期的な火山活動を引き起こしたことが考えられます。隕石の中には地球をかすめて行った物や突き抜けた物もいくつかあったことでしょう。恐竜など生物の絶滅原因について、隕石か?火山活動か?とそれらは分けて考えるのではなく、隕石が大規模な火山活動を引き起こしている可能性は往々にしてありえます。

恐竜は1億5千万年ほどの長い間、地球上(または海洋)で繁栄をしました。原始人間の誕生が数十万年前であることを考えると想像を絶する長期間の繁栄でした。それは地球上の気候変動が少なく穏やかな気候だった事を意味します。

恐竜や裸子植物の大型化から推測するとその頃の地球は非常に温暖な気候であったことが予想され、これは地球の地軸が安定していたことも意味します。

その後、恐竜の繁栄は今から約6500万年前に終わりを迎えます。ユカタン半島付近に隕石落下の形跡があることは以前から知られていますが、インド半島の西部にも近年隕石落下の形跡があることが言われるようになりました。このことが直接のきっかけかは不明ですが、インドにあるデカン高原はこの前後300万年ものあいだ、脈々と火山活動を続けて現在のような高原が出来上がったと言われており、このときの噴煙が地球の気温を長期間に渡って下げた原因とも言われております。それにより、地球は以前に比べ大幅に寒冷化し植物は裸子植物から、寒さに強い種子が皮に囲まれた被子植物へと変異していきました。裸子植物が主食だった草食恐竜は個体数が減り、なおかつ被子植物が作り出す「果実」の取り合いにおいても他の動物に負けてしまい、地球上から消えていきました。この樹上にある「果実」の取り合いにおいての勝者は、【昆虫】【鳥】【蛇】と人間の祖先となる【サル】でした。考えによっては恐竜は絶滅したのではなく、鳥や蛇、その他の小型爬虫類に変異したと考えるべきかもしれません。

これら「果実」の取り合いの勝者は、果実に豊富に含まれる糖(果糖、ぶどう糖などの単糖類)を積極的に摂取し、それに比例するように糖を主要エネルギーとしている中枢神経が発達していきました。特に樹上で敏捷に移動することが可能で、手を起用に使う事が出来た【サル】が最も取り合い競争において有利だったことが予想されます。

その後、「サル」から「ヒト」へ中枢神経の発達と共に変異していき、現代まで続きます。余談ですが本能的に昆虫や蛇が嫌いな人が多いのは、この争いが原因かもしれません。

近代~現代人は米や小麦など安定的に炭水化物を摂取することが出来るようになったおかげで、それまでに比べ寿命が飛躍的に伸びました。これらは主に「でんぷん」が主であり、唾液のアミラーゼででんぷんの糖鎖が切断されていき、数個~数十個の糖鎖であるオリゴ糖や、二糖・単糖などに分解されます。オリゴ糖は乳酸菌やビフィズス菌などいわゆる善玉菌の栄養源になることも知られています。このようなでんぷんの摂取のみでは過剰に単糖を摂取することはまれでしたが、近年では特に飲料や菓子に過剰な単糖が添加されており、昔に比べると極端に摂取量が増えた物質の一つです。

このことは体のあらゆる部分に悪影響を及ぼすはずですが、麻薬と同じで依存性があり、また脳を初めとする中枢神経のエネルギー源という事もあるため、摂取を控えることに対して「脳が言い訳をする」ことが頻繁に見受けられます。<~2018.7.18>

 

 

多階層ロボティクス

生化学・化学の研究は、取り扱う成分のほとんどが液体溶解するものであるが故に、液体操作が最も基盤となる技術となります。1970年代まではホールピペット:取り扱い液量は=mL、その後は、ギルソン社やエッペンドルフ社のマイクロピペットやマイクロチューブの開発、ヌンク社のマイクロウェルプレートの開発により取り扱い液量は=μLとなりました。これに加えてコンピューターの進歩とともに多検体スクリーニングによるデータベース化へと研究が変遷していきました。

これにより、研究結果は「再現性」という名のもと「質より量」が求められるようになり、論文の審査や米国FDA、あるいは日本の厚生労働省でも食品や医薬品の安全性に認可を付与するときに、その点を重要視するようになります。

しかしながら、そのような「質より量」を求める手法が、あたかも進んでいるように見えていた生化学研究の進歩を滞らせている主要因の一つとなっていることは、ほとんどの人が気が付いていないのが現状です。

生化学・化学研究は料理のレシピのようなものです。とは言っても、小さじ一杯(5mL)・大さじ一杯(15mL)と現在の研究では1サンプルあたりにそこまで多くの量を取り扱うことは無く、マイクロピペットを用いて100μL(水だと0.1g)、10μL(0.01g)、あるいは1μL(0.001g)という料理とは比較にならない微量液量を各容器に分注していきます。この時、実際に容器に入っている液量は、個人差によっても、ピペットによっても異なり、小さじ一杯で量る精度(実際に量りたい数値からのずれ範囲)は、それこそ料理の目分量とほとんど変わらないか、はるかに精度が劣ることもしばしば起こります。これは根本的に上述したような「質より量」を求めるところに原因があります。量=数をこなさなければならないため疲れてくることもあるでしょうし、または性格的に細かい作業が苦手な人である場合もあります。

そこで、人に代わり「分注ロボット」という装置を用いて、溶液の定量的な吸引・吐出を次々と連続的に各容器に行います。分注ロボットは人とは違い、疲れを知らないため、連続的に同じ条件で分注を行ってくれます。ただ、これは諸刃の剣のような局面も合わせ持っており、人では気が付くような普段と違う溶液の変化なども見逃してしまい、それでいて止まらずに同条件の分注を繰り返し行ってしまいます。また、分注ロボットは比較的高額な装置です。その中でも最高グレードの装置は軽く1000万円を超えますが、その精度(CV値)は±5%以下と必ずしも精度が高いとは言えません。また、取り扱う液量が微量になればなるほど、当然ながら精度が低下します。

このような精度の低下は、実験データがばらつくことなどに影響を及ぼします。データがばらつかないようにするためにボリュームを増やすという変更を行うことになります。

このような変更や、「再現性が取れなければならない」という考え方は、「いつも同じデータでなければいけない」という強迫観念が働き、その様な場合には決まってその方向へバイアスがかかります。具体的には都合の悪いデータは「見て見ぬふりをして排除するということが起こりかねない」ということです。そして、このことは「いつもと違う新しい発見」を見逃すことにもつながります。

「精度」と「高感度」は基本的にトレードオフの関係にあります。取り扱う液体を微量化することは、高感度化につながります。人間の味覚や嗅覚はある意味で計測器ですが、溶解している成分の量が濃いと当然感知しやすくなります。1リットルの水に1g溶けている砂糖を感知するのは至難の業ですが、水を蒸発させて1/500量の2ミリリットルにしてしまえば、50%の砂糖水になりこれ以上ないほど甘く感じます。同様に計測装置でも濃縮して測定を行うことで、測定したいサンプルを高感度で測定することが可能です。

実際の計測においては、「定性」と「定量」が求められます。定性は先の例で言うと水に何が含まれているか?という問いになり、答えは「砂糖」となります。定量はどのくらいの量がふくまれているか?という問いになり、答えは「50%=1g」となります。

 

 

 

医療のミライ

<2020.2.16~>

【感染症】

~「終わりなき戦い」にしてはいけない ウイルスとの共存を目指して~

2020年2月の段階で、新型コロナウイルスが猛威をふるい始めようとしています。診断された全感染者に対する死亡者数が2.5%前後を推移しており、比較的毒性は高く危険な感染症であることは間違いありません。各国の政府は対策に追われていますが、隙間をかいくぐってウイルスは更なる猛威を振るおうとしています。

感染症は主に、①ウイルス ②病原菌(バクテリア・カビ) ③寄生虫 の3つに分かれます。この中で特に多いのはウイルス性の感染症で、空気感染や飛沫感染(せきやくしゃみなど唾液が関わる)を通じて呼吸器官に感染するものと蚊やダニが媒介し血液感染するものとがあります。病原菌の場合はウイルスより大きさが大きく重いため、空気感染よりは飛沫感染が多いと思われます。空気感染が最も感染を広めます。

ウイルスは呼吸器系への感染の場合、主に鼻腔や咽喉付近の細胞表面のシアル酸に結合すると言われています。このことは今後の感染予防のキーポイントとして重要です。また、ウイルスはその種類によって危険性が大きく異なり、致死率が50%以上[狂犬病、エボラ出血熱]、20%以上[天然痘、強毒性鳥インフルエンザ、日本脳炎]、1%以上[SARS、ポリオ]、0.1%以上[麻疹、風疹]などですが、危険性は致死率の高さだけでは判断できません。

ウイルスは物質です。生物ではありません。自分を複製させるためには宿主となる細胞に感染(寄生・共生)し、細胞内のタンパク質や核酸やエネルギーを使用して自分のコピーを作り出します。ほぼすべてのウイルスは、それぞれに見合った動物(宿主)の体内で依存しながら存在しておりますが、特にげっ歯目やコウモリ目の動物がウイルスの宿主になりえます。それは彼等の食餌が関係しています。このようなウイルスがあるタイミングで他の種類の動物の体内に入るとそこで悪さをし始めることがあります。

この時、潜伏期間が短く致死率が高いほど、短時間に限定した地域で病気は収束します。発症した人はすぐに死亡するため移動ができず広まらないからです。潜伏期間が長く致死率が低いほど長期にわたり、世界各国で病気は広まります。一番ヒトにとってやっかいなのは【潜伏期間が長く、致死率が高い、空気感染か飛沫感染をする】感染症です。

人類にとって最も恐ろしい病気の一つは「天然痘」です。歴史上において天然痘は何度も国や文明を滅ぼしてきました。感染力が高いにも関わらず潜伏期間が長く、かつ発症すると重篤な症状が長期(数週間)にわたり、死に至る可能性も高い病気です。天然痘は最も古くにワクチンが開発され、その後の様々な工夫もあり1980年にWHOにより根絶宣言がなされました。これはワクチンが発見されてから実に200年近い年月を有して到達したものです。しかしながら、根絶宣言がなされたからと言って全く安心はできません。その理由を最近流行した麻疹と風疹が示しています。

この数年間は麻疹と風疹が世界的に流行しました。致死率が低く、症状も軽症で済む人も多く、クリニックでは確定検査まで行わず風邪の診断で済まされるのが常ですので、無理をすれば仕事も出来ます。相当多くの人が感染しながらも知らずに過ごしてしまっていたように見受けられます。特に麻疹、風疹はこの数十年のあいだ日本国内においてはほとんど感染者が生じていなかったため、子供の頃にかかった人でも既に免疫が無くなっており、30代以上を中心に流行していました。若年層はワクチンを接種してからの日が浅いため、かからないか、かかっても病状は非常に軽く済んでいたはずです。

2000年には米国が麻疹の根絶宣言を出しました。米国内において麻疹の患者が数年間現れなかったからです。しかしながら事態は一変し2010年以降から再び患者が増え始め、2019年にはニューヨークでも麻疹の非常事態宣言が出されるに至っています。

麻疹も風疹も妊婦が感染すると胎児に大きく影響を及ぼす感染症の一つです。早産、心疾患、難聴などが主な症状となります。

「麻疹や風疹は一度かかったら二度とかからない」という話もよく聞くと思います。ワクチンの接種が現在のように広まる前は、数年に一度の定期的な流行があったため、一度しっかり感染し免疫ができた後はそのような流行ごとに軽度にかかって免疫力が強化されるために、かかっていないように見えていたというのが事実だと思われます。

近年のように麻疹や風疹の比較的大きな流行は、ヒトに感染しやすいウイルスを身近なところから長期に渡って追いやってしまったことが要因となっています。

インフルエンザも新型コロナウイルスも、どちらも呼吸器系から攻めてきます。呼吸をすることが難しくなり血液中の酸素濃度が7~8%低減するだけで幻覚症状などが現れ、うわ言を言い始めたり、突発的な行動を起こしたりします。これは脳内への酸素不足が起こることが原因です。これが続くと脳炎につながりとても危険です。

今回蔓延している新型コロナウイルスや麻疹、風疹、インフルエンザウイルスも含め、かかったときの危険性も心配ですが、その後現れる後遺症も侮れないことは一般的にあまり知られておりません。これらのような比較的毒性の高いウイルス性の病気にかかった後、早ければ1週間から遅くとも1ヵ月以内に後遺症が出ることが多くあります。詳しい事はまだ判っていませんがおそらく免疫系がダメージを受けて、その後に微生物の二次感染があり、それらが体に対して悪影響を及ぼしていると考えられます。また、自己免疫疾患などが起こることもよく見受けられます。

新型インフルエンザが流行し始めた2009年直後、比較的まだ若年のスポーツ選手が立て続けに血管疾患で急死したり、有名人などの長期療養等が多発していました。これらは新型インフルエンザの後遺症であったと考えられます。若年層がリウマチやⅠ型糖尿病などの自己免疫疾患にかかることも散見されました。歌手などが難聴になる話題もよく聞きました。このような時は免疫力の低下により普段かからない病気にもかかりやすくなります。その中でもHib(ヒブ:インフルエンザ菌)が有名ですが、他にも多くの病原菌や日和見菌(普段は悪さをしないのに悪さをし出す)が存在します。

ウイルスへの感染後、その毒性から腸内細菌も大きく減少し長期的な便秘をもたらすこともあります。また、呼吸器系あるいは副鼻腔などに悪影響を及ぼし、慢性副鼻腔炎や蓄膿症あるいは難聴、目の奥の痛み、中耳炎、歯痛などが起こります。元々、ぜんそくなどの持病があると、関連箇所が悪化します。副鼻腔炎などにかかると後鼻漏という鼻水が喉の奥に流れ続ける症状などが起きます。副鼻腔内は表面に膿が生じ、慢性的に病原菌の住処になるため、そのような鼻漏の中にエンドトキシンという微生物由来の毒素が混じります。これを常時飲み込み続けることで、不整脈などにもつながります。また、免疫力が落ちているために、様々な感染症にかかりやすくなります。普段はかからない水虫などにも感染することが出てきます。

自己免疫疾患では先に挙げたように、関節リウマチやⅠ型糖尿病、乾癬などにかかります。近年、乾癬の患者が増えていますが、先に挙げた麻疹、風疹かもしくは今回のようなコロナウイルスの感染が考えられます。

現時点では、感染した直後の確定診断(何のウイルスに感染したか?)、その後の後遺症が始まったときの二次感染の確定診断、あるいはウイルス感染前後の免疫力、このようなものをモニターする技術はありません。

このモニターをするという技術が、医療において最も重要なことで、近未来だけではなく、長い将来も見据えて必要ですし、これが本質的な医療をもたらすことになります。

インフルエンザは薬で治ります。他のウイルスの薬が無いのは、診断が出来ていないことが原因ですので、モニターをすることが出来るようになれば、それぞれのウイルスに対して治療薬が創られていくことにつながります。これは政府や研究機関、製薬企業が一体となり急いでやるべきことです。

話は戻りますが、もし天然痘が復活してしまったらどのような状況になるのでしょうか?すでに人類のほぼ全ての人に天然痘の免疫はありません。身近なところでは日本脳炎ウイルスという非常に怖いウイルスも存在します。グローバル化により世界中の人の往来が増えた影響もあり、エボラ出血熱やデング熱、ジカ熱など近年は毎年のように各地で騒ぎが起きています。

上述したように、ウイルスはそれぞれの宿主の中に常時存在しており、根絶するのであれば宿主ごと根絶するしかありません。そのようなことは出来ませんし、してはいけないことです。上手く付き合っていくしか方法はありません。

ワクチンの開発も全くと言ってよいほど進歩はありません。乳児や小児が定期的に注射をするワクチンは開発の歴史も長く信頼できるものも多いですが、新しく開発されるワクチンはどれも効果が低く、打っても打たなくても同じか、もしくはリスクのほうが高いものばかりです。子宮頸がんなどはウイルスが原因である可能性はほぼ皆無と思われ、打たないほうが賢明です。

抗ウイルス薬やワクチンの開発は非常に多くの手間がかかります。また、自分自身が病原にさらされる危険性を伴います。この部分は自動化やロボット化などで解決できる余地があり、だからこそ大企業が積極的に開発をすべき部分です。生産してもすぐに用いられるわけでは無いので備蓄などで費用がかかりますが、政府が国費で助ける部分はこのようなものであるべきです。

 

【糖尿病】

善玉菌と悪玉菌という言葉をよく耳にします。これらについて何が「善玉」で何が「悪玉」なのか調べてみても腑に落ちる説明はありませんでした。自分なりの推測ですが「善玉菌」は「植物」をエサにしている細菌(バクテリア)で「悪玉菌」は「動物」をエサにしている細菌というように定義をいたしました。大きく反れてはいないと思います。

「でんぷん」は植物によって作られる長い糖鎖のことで糖がおおむね10個以上連なったものを呼びます。それより短く糖が三つ以上連なったものは「オリゴ糖」、糖が二つくっついたものは「二糖」、一つで存在する物は「単糖」と呼びます。二糖の代表的なものは砂糖(ショ糖=スクロース)や麦芽糖(マルトース)、乳糖(ラクトース)です。単糖の代表的なものはブドウ糖(グルコース)と果糖(フルクトース)となります。

お米などに含まれるでんぷんの長い糖鎖は、そのままでは栄養にならないため短く切って単糖にしなければなりません。その際の主人公の一人が唾液中に含まれるアミラーゼという酵素です。最近のアニメ映画で「口かみ酒」の存在が知られるようになりましたが、日本酒づくりで酵母がアルコール発酵を行う際に、酵母自身はでんぷんを積極的に分解して単糖にすることが出来ないため、あのように唾液中のアミラーゼでまず分解する必要があります。飛鳥時代~奈良時代ごろに麹菌のアミラーゼが有用であることが発見されてからは現在までこれが用いられています。

江戸時代や明治時代初期の日本人は今では想像できないほど大量のお米を食べていた記録があり、お米に含まれるでんぷんを多く摂取する歴史は存在しました。しかしながら、それでも現在のように糖尿病の症状を発症したという記録は見つかりません。おかずの摂取が少ないと「脚気(かっけ)」が発症しますが、そちらの記録はきちんと残っています。

植物で作られたでんぷんは、食事による接種後、先に挙げた唾液アミラーゼをはじめとするいくつかの分解酵素・胃の消化酵素などにより様々な種類の単糖、二糖、オリゴ糖に分解され、十二指腸から小腸に流れていきます。このとき同時に食物繊維と呼ばれる「セルロース:植物の細胞壁構造を司る」も腸に運ばれて行きます。これらが腸内に辿り着くと腸内細菌が持つ酵素で更に分解され、様々な種類の糖になり、それらを栄養源にして細菌は増殖します。この時に余った糖のおこぼれを動物は自分の栄養にしています。このような働きを行うのが善玉菌です。要するに普段お腹の中に生息している微生物はほとんど善玉菌と言って良いでしょう。

かたや、動物の死骸や死肉、血液を主食として生きる微生物がいます。これらの微生物は動物性たんぱく質を分解する酵素を持っていたり、動物細胞内に入り込み、そこで栄養を得るという機能を持つため、これらを経口摂取すると腸壁を分解しようとします。このような働きが強い微生物を「食中毒菌」と呼び、そこまで急性症状をもたらさない微生物を「悪玉菌」と呼べると思います。これら悪玉菌は二糖やオリゴ糖を分解する酵素を持っていないことも多々あり、その場合にはタンパク質や脂質、あるいは他の生物が作り出したブドウ糖や果糖を栄養源としなければなりません。

明確にはまだ分かっていませんが、ブドウ糖や果糖のような単糖の過剰摂取は、善玉菌よりも悪玉菌を増やす効果があり、悪玉菌の増殖により腸壁を傷める可能性があります。また、病原菌(細菌やウイルス)などがヒトに感染する場合には最初に咽喉などの細胞に付着しますが、主に糖鎖(いくつかの糖が連なって細胞の表面やたんぱく質に付いているもの)が関与していると言われています。あるいは免疫系の細胞や抗体が病原菌と戦うために、まずくっつく時も糖鎖が関与するそうです。このように体内の血液中やリンパ液中など様々なところで糖鎖が働いています。

糖はそれぞれの化学構造がアミノ酸や脂質に比べて際立った特徴が無く、極性などの性質も非常に似ており、また光学検出するための光吸収も少ないため、計測(定性や定量)を行うことが難しい物質です。このため生体内においてそれぞれの糖がどのタイミングでどの位置に存在するか?ということは遺伝子やたんぱく質などに比べてほとんど調べられておりません。もし調べるのであれば「酵素法」という方法を使い、糖を別の物質に変化させて検出しやすくしますが、複数の糖を一度に調べることは困難です。

果実にはブドウ糖・果糖・ショ糖(砂糖)・麦芽糖・オリゴ糖・でんぷん・セルロース(食物繊維)などがバランスよく含まれており、食べるとほとんど体の栄養として摂取されます。果実とナッツはヒトが穀物を育てるようになる縄文後期前までの非常に長い間、主食としてきた食べ物です。ただ、これらは季節により得られる頻度が違います。通常の動物はいつでも食べ物が存在するという事はまれなため、ある時に摂取した栄養を体に溜め込む能力を有しています。ヒトの場合はこのような糖質を接種すると、脂肪細胞や筋肉などの中にこれらを溜め込みます。

このうち、筋肉の中に溜め込む物質として「グリコーゲン」があります。動物は血糖値が少し減っただけでお腹が空くようだと生活に支障をきたすため、無意識のうちに血糖値を正常化させる機構が存在します。実際は予想がつかないほど非常に多くの内分泌ホルモンが血糖値の制御に関わっているはずですが、代表例として「グルカゴン」を挙げます。頭を使って考えたり、運動をすることで血糖値が下がりはじめ、ある程度まで下がるとグルカゴンがグリコーゲンを分解し血糖値を上げます。これの細かい繰り返しで標準的な血糖値を維持していきます。非常に激しい運動を行ったり、中枢神経を使ったりして血糖値が下がった状態では糖分は欲しくてもまだお腹が空きません。血糖値がある閾値を超えるまで下がると反動でグルカゴンが多く分泌されてグリコーゲンを多く分解し、標準的な血糖値を超えてきたところで「グレリン」が分泌され食欲がわいてきます。食事を始めると更に食欲がわき、食事をし続けることで急激に血糖値が上昇します。急激な上昇はソマトスタチンの分泌閾値をパスします。食事をし続ける際に少しずつよく噛んで食べものを食べると血糖値の上昇曲線がなだらかになります。それによりソマトスタチンが分泌されはじめると食欲がなくなり、多く食べずに済むこともあります。通常ではソマトスタチンの分泌をパスした後、インスリンの分泌により血液中の糖を脂肪細胞や肝臓などに分配し、膵ポリペプチドの分泌で食欲を抑制し食事を止めます(図)

インスリンの働きにより、徐々に血液中の血糖値が下がっていくため、途中でソマトスタチンの分泌により、ほとんどのホルモンの分泌を抑え、あとは自然な糖の消費で血糖値が標準値に近づいていきます。

健康な太り型の人は、基本的に血糖値が低い傾向にあり、健康なやせ型の人は、血糖値が高い傾向にあります。これは糖を脂肪細胞に効率的に渡せるかどうかの違いです。少し余談ですが、血中のコレステロールも同様の傾向があります。要するに太り型の人は栄養分を溜め込みやすい体質を持ち、やせ型の人は栄養分を溜め込みにくい体質を持ちます。これは遺伝が主因ですので、これらの値の高低は不健康とはほとんど関係がありません。

糖尿病の種類は大きく2つに分かれ、「インスリンの分泌低下(=インスリンが作られず血中に出てこない)」と「インスリン抵抗性(=インスリンは血中に存在するが脂肪細胞などに糖を渡せない)」とが存在します。インスリンの分泌低下はやせ型の人に多く、インスリン抵抗性は太り型の人に多いと言われております。

現在の糖尿病治療はもっぱらインスリンのみをターゲットにして投薬やインスリンの直接注射を行いますが、これも長期に渡って行うなど依存しすぎると予後が良くない方向に向かいます。特に現状の透析患者はこのような糖尿病治療の末に透析に移行した人がほとんどですので、このようになるメカニズムを考える必要があります。今後はインスリンのみにフォーカスするのではなく、様々なホルモンの働きを考慮して治療を進めると良いかもしれません。

ただ、身近な糖尿病患者を見ていると、根治した人もちらほら見受けられます。その人たちが根治できた理由は「運動」がカギであることに間違いはありません。このことから推測するに体内の糖をより強制的に消費することが重要であるということでしょう。

先ほど果物の話を出しましたが、果物には100gあたり、20%近くの糖質(ブドウ糖、果糖、ショ糖)が含まれていることもあります。上述の表では、食後にかなり血糖値が上がった後にインスリンが分泌されるように記載しておりますが、実際は食べたものにより異なり、果物を食べれば口に入れた直後にインスリンが分泌されます。食べ物が胃や小腸に到達するには早くても30分から1時間はかかると言われておりますが、瞬時に反応する機構が存在します。お腹が空いて動けなくなった人が食べ物を口に入れた瞬間に動けるようになることもあります。これは迷走神経の働きという説もありますし、口腔や舌下、咽喉などからも随時栄養分を取り入れている機構が存在してもおかしくはありません。いずれにしましても、天然に存在する食物を口にした場合と、それ以外の場合ではインスリン分泌の挙動が異なります。

例えば、清涼飲料や炭酸飲料は、100gあたり10~20%と果物と同等の割合で糖質が溶けています。これらで用いられている糖は、コストの関係により工場で大量生産することが可能な「異性化糖:果糖ブドウ糖液糖など」です。砂糖は天然物であり、サトウキビやてんさいから取れ、近年は発展途上国で生産設備が整い、以前に比べて安価に輸入することが可能となりました(ただ、コーヒー豆と同様、価格の叩き合いや投機対象になるなどの問題などのため、生産者は非常に低賃金となっている)

単純に果糖が多い食品や飲み物を接種しても、血糖値が上がらないことは知られています。このためインスリンの働きは鈍く、血中の果糖の濃度は高い状態に保たれており、これが脳を始めとする中枢神経の依存性に関係している可能性があります。果糖が含まれている飲み物や菓子類は普通に考えれば異常なほど大量に摂取しているにも関わらず、他の糖に比べて嫌になりません(食べ飽きない)。また、これらの果糖はインスリンが働かなくても直接脂肪細胞や肝臓に付き、能動的に取り込まれていてもおかしくはありません。

このような話から、人工甘味料の接種を健康と結び付けて製品化しているものも多数見受けられますが、このような今まで人類が摂取してこなかった化学物質は一度細胞の表面に結合すると、それを外す酵素が存在しない可能性があり、永らく外れないこともあり得ます。病気のメカニズムを推測するとこのような理屈は説明しやすく、説明しやすいということは、その可能性が高いという事にもつながります。例えば、普段インスリンが受け渡しをする、脂肪細胞の手にこのような人工甘味料が結合し離れない状態になっているとすれば、インスリン抵抗性の理屈は説明しやすいです。

また、糖が水に溶けている時の事を想像してみましょう。非常にべとべとします。また、粘度も高くなります。血液中に取り込まれる量は、塩分や脂質などよりも標準値からの上昇率が遥かに多くなるため、血管の壁にまとわりついたり、高血圧の原因となります。血管疾患の主因と疑うべきなのですが、相変わらず脳が言い訳をして、別の物を悪モノにしている現状があります。

糖質制限という言葉も最近はよく聞きますが、上述の通り米や小麦に含まれているでんぷんは、酵素により様々な単糖、二糖、オリゴ糖などに分解され、自身の栄養や腸内細菌の栄養となるため悪さをしているようには見えません。米食とパン食の違いなどを様々な指標で良し悪しを付けていることもありますが、米食は通常、塩気と一緒に食べることが多く、パン食は甘味とともに食べることも多いため、そのような違いにより、何かの指標で違いが出ることもあるでしょう。ただ根本的には穀物から得られるでんぷんの摂取が自身の免疫系や腸内細菌の安定な栄養源として摂取できるようになったことで、人類の寿命が伸びていると考えられます。あるいは、色々と細かい理屈を言っても日本人は世界一の長寿であるため、今の食生活が大きく間違っているということは無いという証明でもあります。

ただ、最後に一つだけ言いたいのは、糖尿病は人為的病の最たるものだという事です。病気ではない人を病気と診断し、良くなる可能性が残っている人を薬剤やインスリンの投与で更に体を悪化させているという現実があります。人為的病には他にも精神疾患などがありますが、この背景には「自分が病気であると診断して欲しい」という欲求が増えているためで、これは社会の病とつながります。

社会が直らないと病はいつまでも増え続けます。川の水が汚れているのに一生懸命海をきれいにしようとしてもきれいにならないのと同じことです。蛇口をひねって水が出続けているのにも関わらず、雑巾で拭き続けているのと一緒です。

病気を治す前に社会を直す必要があるという事です。

 

【アレルギー】

南米にいるヤドクガエルは、インディアンが狩りを行う際に、矢の先端にそれを刺すことで毒が塗られ、大型の野生動物でも一撃で仕留められるところからその名前が付けられました。非常にカラフルで明らかに毒がありそうに見える外観です。種類も非常に豊富で200種類ほど見つかっておりますが、毒の種類は逆に少なく、比較的同じものである場合が多いです。

ヤドクガエルの好物は「アリ」です。このアリを調べるとヤドクガエルと同じ毒を持っていることが判っています。このように餌に含まれている毒素などが生態系の上位の生物に溜まることを「生物濃縮」と言います。

では、アリがこの毒を体内で生産しているのかというと違います。アリの好物は「ダニ」です。ヤドクガエルが食するアリはダニをよく食べていることも判っています。

では、ダニがこの毒を生産しているのでしょうか?

多細胞生物のほとんどはエネルギー代謝のために必要な酵素か、感情によって分泌が変化するホルモンくらいしか生産をしていません。ヘビやハチなど、攻撃で使用する毒は自身の体内で生産しており、これは珍しい例です。かたや、防御で使用する毒は上述の通り生物濃縮で身に付いたものが多く、その毒の生産者はほとんどが微生物です。有名なフグの毒素であるテトロドトキシンはイモリやアマガエルなどの体にも存在し、これらも生物濃縮の結果です。

ヤドクガエルの話に戻りますが、結局のところダニも多細胞生物ですので生産者ではありません。世界に存在するダニの主食は、菌類(キノコ)やカビと言われております。

様々なアレルギーの原因として、ダニやカビが挙げられますが、ダニが持っているアレルゲン(アレルギー原因物質)はカビが生産した物です。カビが生産する有名な毒素として「アフラトキシン」があります。

日本の家屋にも存在するヒョウダニやコナダニもカビが主食です。特に日本は高温多湿であるため、カビが生育するのに適しています。カビは乾燥するなど成育環境が悪くなってくると、胞子(卵の殻のようなもの)を形成し、湿度が高くなるのを待ちます。ですので乾燥が続いた後の雨の日や、雨が降った後に冷えるなど、室内で結露が起きやすい条件になると活発になります。カビが活発に生育しだすとダニの繁殖も活発化し、カビを食べて生物濃縮を起こします。ダニの寿命は3か月ほどですが、いきなり寒くなるなど成育環境が悪くなると一気に死滅し、その時に死骸からカビ毒が放出されます。このような時に、喘息症状が出たりかゆみがひどくなるなどの症状が起きます。

アレルギーの研究は免疫学者が行いますが、これはアレルギーの時に様々な免疫機能が応答するからです。特にIgEの過剰生産が起こることは知られています。免疫学者に「アレルゲンは何か?」と聞くと十中八九、「蛋白質、ペプチド、もしくは糖鎖」と答えます。これらは抗体が反応する化合物です。食品中に含まれているアレルゲンもこれらの化合物であると、ほとんどの人が信じて疑いません。

 

 

 

【がん】
「ほとんどのがんは病気ではありません。」と言ってどなたか信じる人はいますでしょうか?当然のことながら誰も信じずに疑うはずです。しかしながら実際の研究現場で見たり経験したことについて、それらを理論的に総括するとそのようにしか考えられないというところがありますので、まずはそれをご報告したいと思います。

もともと西洋医学における「薬」の概念はワクチンや抗生物質から始まりました。

抗生物質は一番最初、青カビ(真核生物)が作り出すペニシリンが、その周りで繁殖していたバクテリア(原核生物)を死滅させる効果があることを、1928年にアレキサンダー・フレミング(イギリス)が発見したことに端を発します(図)。原核生物は細胞の形を司る「細胞壁」に「ペプチドグリカン」構造を持ちます。これは真核生物にはありません。ペニシリンは原核生物が細胞分裂を起こして増殖しようとする際に、このペプチドグリカンに結合することで細胞分裂を阻害します。この作用により、バクテリアは死滅します。ヒトは青カビと仲間で真核生物ですので、抗生物質を体内に投与してもバクテリアほどの大きな毒性はありません。そのため、ヒトが病原菌などのバクテリアに感染した場合に抗生物質を投与すると病原菌が最も大きな影響を受けて弱りますが、そのように弱っている隙に免疫細胞が活性化したり「抗体」を作り出し、体内の病原菌を退治します。

(*現存する抗生物質のほとんどは「放線菌」という原核生物が作りだしていますが、原核生物間でも生存競争があるため、そのための武器として作り出していると考えられています)

このような抗生物質の探索を進めていく中で、白血病を発生させるトリコスタチンや、カビ・酵母(いずれも真核生物)の細胞分裂期に作用し形態異常を起こすレプトマイシンなどが発見されました。このどちらも、研究で用いる培養動物細胞の細胞分裂を停止させることが判り、これを培養がん細胞に用いたところ、がん細胞を選択的に(がん細胞を優先的に)死滅させることができたため、これにより抗がん剤を「細胞分裂阻害」の観点から見直していくことになりました。

研究室で用いられる実験用のがん細胞は「細胞株」と呼び、実験で扱いやすいように培養速度が早くなるように培地(栄養分)の選抜と細胞の選抜がなされています。

一番最初にヒト細胞株として確立したのは、「HeLa細胞」という1951年に子宮頸がんで亡くなられた患者から得たものです。このがん細胞は他のがん細胞と比較しても非常に増殖能が高いのですが、研究分野ではこれが普通のがん細胞として一般化しています。

ヒトも含め真核生物の細胞分裂は、遺伝子である染色体がまず先に分裂し(たまごの黄身が二つになるイメージ)、その後細胞質や細胞膜などの構成部分が分裂していき二つの細胞になります。この分裂の途中を阻害するのが、現在主流の抗がん剤であり、これらは「細胞分裂阻害剤」と呼ばれています。

その様な中、先に挙げたように、世の中では【がん細胞=増殖速度が早い】というのが通説であり常識となっています。誰に質問しても(医師、研究者、一般の人、老若男女でも)そのように答えます。

下記は、研究分野では最大手の試薬メーカーのカタログサイトです。がん細胞(初代培養がん細胞=患者からがん細胞を採取し培養した直後のもの)を販売しています。

https://www.funakoshi.co.jp/contents/64490

この表を見ますと、患者が持っているがん細胞の増殖速度は「かなり遅い」とあります。

医師の何人かに、「消化器系のがん(胃がん、大腸がんなど)が2cmくらいになるのにどのくらいの期間がかかりますか?」と質問を投げると、おおむね5年という答えが返ってきます(明確な返答はなかなか返ってきませんが、少なくとも数年という返答であり、数か月ということはありませんでした)

要約しますと、「がん細胞の増殖が早いのは実験で使われる細胞株」であり「体内で見つかるがん細胞は増殖が遅い」ということになります。

1細胞の研究におきまして、患者から得たがん細胞と同じ患者から得た健康な細胞が入ったそれぞれのシャーレに抗がん剤をかけて、死ななかったがん細胞(抗がん剤の耐性があるということ)と死んでしまった健康な細胞(健康な細胞なのに抗がん剤に感受性が有るということ)を比較すれば、大きな差として違いが判る可能性があるため、このような実験を行いました。結果は全く違いはありませんでした。ある濃度まではどちらも生存し、ある濃度を超えるとどちらも死滅します。また、「がん遺伝子」と呼ばれる遺伝子は無数にありますが、健康な細胞からもがん遺伝子は見つかることもあり、がん細胞から見つからないことも往々にしてあります。

もともとの発想として「がん細胞は増殖速度が速い」「細胞分裂速度が速い」ということを前提にして薬を作っていますが、このように体内においては他の健康な細胞と比べても増殖速度は遜色無い場合が多いため、がん細胞と一緒に健康な細胞の細胞分裂も阻害されます。

体の中でがん細胞が占める体積は健康な細胞より当然ながら小さいため、健康な細胞も死滅させながらがん細胞を死滅させるという考えが現在の常識となっています。これが非常に大きな副作用をもたらします。中枢神経は起きている間は活発に働くため、このような副作用で吐き気をもたらしますし、髪の毛を生やす毛根細胞も日々活発に活動しているため、副作用の影響を受けやすく髪の毛が抜けることはご承知のとおりです。

「ヒトには効かずにバクテリアにだけ効く」。この理論を「がん細胞だけに効く」と当てはめたのですが、体内におけるがん細胞の性質と研究で用いるがん細胞の性質に差異が大きすぎるため、抗がん剤が実用としてはあまり上手くいっていないのが現実です。

問題はそれだけでは終わりません。がんの研究者からの話で、がん患者数の約3割から4倍体の細胞を持った患者が見つかるということも聞きます。これは動物が普通に生活している限りではあまり起こらない現象です。何が起きているかというと「細胞分裂に失敗している」ことを意味しています。これをもたらしているのが、細胞分裂阻害剤である抗がん剤であることは否定できません。

現代における7割ぐらいのがん患者は、主に食べ物と飲み薬でがんが発症していると推測されます。最初によく消化器官で見つかる(胃がん、大腸がん、胆のうがん、すい臓がん)場合が多く、また女性の場合は乳がん、男性の場合は前立腺がんが多いです。要するに口したものに含まれる化学物質が原因ですので、薬がそれに当てはまらいということは考えられません。また、昔にはないくらい長期間飲み薬を飲み続けるケースもよく見られます。

おおむね、このようながんの場合、腹腔鏡手術によりほとんど痛みもなく傷跡も残らず、すぐに切除することができる時代になってきています。このようにがんは手術で除去し、そのまま様子を見れば特に問題が起こらないのですが、医師からは「転移が怖いから抗がん剤治療をしましょう」という話をされます。これが現在の標準治療です。医師はこれを行わないと責任問題になる恐れがありますので、患者がよほど拒否をしない限りはやらざるを得ません。ただ、患者はよく分からないので医師のいう事をそのまま受け入れます。

このような流れにより抗がん剤治療に入るのですが、しばらく治療を行うと、肺や肝臓、リンパ節や脳にがんが発生し「転移してしまった」ということにつながっていきます。

この「がんの転移」につきましては、本当にまだ全くメカニズムは分かっていません。きちんと調べる必要があります。

ただ、実験動物のマウスにがん細胞を注入し、がんを発生させたのち転移するかどうか経過を観察してみても、そのまま生かしているマウスはほとんど転移が発生せず、薬剤治療を行ったマウスは転移が発生します。この「転移」と言われる現象が起きたとき、がん細胞は上述したようにゆっくりとではなく、迅速に発生し大きくなります。

このことから考えても、この転移がんは細胞増殖により発生したものでは無く、健康な細胞が何かの作用でがん化したと見るほうが常識的な考えだと思います。

抗がん剤の投与で健康な細胞の分裂が阻害され、細胞分裂が失敗してしまい、がん化していると考えるのが最も理論的のように思えます。

とは言いながらも冒頭で挙げましたように、がんのほとんどは病気ではないため、怖がる必要はありません。体内に出来るいぼやおできと同じものです。いぼもプールなどで移ったウイルスが原因で出来たりしますが、これもよく調べれば染色体異常の細胞が見つかることでしょう。

とにかく、がんと診断された場合には、まずは慌てないことが最も重要です。がんが見つかった時にほぼ全ての患者と言ってよいほど「なんで自分が?」と考えます。何故ならそれまで痛みも何もない

 

産業の礎(いしずえ)

<エネルギーとツール>

現在、最も大きな産業となるICT(Information and Communication Technology:情報通信技術)分野やコンピューターサイエンス、あるいは計測装置など工業製品のすべてと言っても過言ではない「礎」となる原則があります。それは「波=波動」の存在です。光、音、電気などのすべてにおいて、このことに違いは無く、またこれは自然界の原理からもたらされたものです。

すべての物質の構成要素となる原子構造のように、陽子の周りを回転する電子の回転運動のようなスモールサイズの場合もあれば、太陽の周りを惑星が回るという天体の回転運動など、非常にビッグサイズのものまで共通して、波に置き換えることができます。

18世紀中後期、フランスにジョセフ・フーリエが誕生しました。フーリエはナポレオンに憧れて、遂にはエジプト遠征に文化使節団の一員として同伴することになりましたが、フランスに帰国した際にはある石を持ち帰って来ました。それが「ロゼッタストーン」です。これは3つの段落ごと、それぞれに同じ内容ではありますが違う種類の文字で書かれており、そのうちの一つが古代エジプト文字の「ヒエログリフ」と呼ばれるものでした。ロゼッタストーンはフーリエの家にある期間置いてあり、そこに出入りをしていたある若者がその石に魅せられました。彼の名を「ジャン=フランソワ・シャンポリオン」と言い、その後、約20年かけてヒエログリフの解読に努め、その解明に最大の貢献をしました。

昔から、名のある石や宝石は、その持ち主や関わる人の運命に良くも悪くも影響を及ぼすことがありますが、フーリエも例外ではありませんでした。ロゼッタストーンから得た知恵や知識は多大であったと想像できます。その後、フーリエは効率的な熱伝導を計算する方法として「フーリエ解析」の式を見出しました。それ以前にはアイザック・ニュートンが古典力学として、特に微分積分法を発見するなどの功績がありましたが「フーリエ解析」のように三角関数と波の考えを単純化するこの方法論は、それまで極一部の数学者だけが理解していた物理現象を多くの学者が理解できるものに変容させていったと考えられ、オーム、マクスウェル、ファラデーなどの「電磁気学」の発展にも影響を与えたと考えられます。時と場所は変わり、アメリカでは1850年代になると西海岸地域の河川で多くの金が見つかりゴールドラッシュが訪れ、フロンティア精神を持った人々は東から西に向かって大移動をしました。それらを背景に大陸を横断する鉄道を整備する事業が開始され、その事業で大儲けをした人物が何名かいましたが、そのうちの一人が「リーランド・スタンフォード」でした。スタンフォードはその儲けたお金で大学を設立し、アメリカで初となる「工学部」を設立しました。加えてお金が無くても優秀な人が集まるように学費を無償にしました。

1930年代になるとウィリアム・ヒューレットとデヴィット・パッカードがスタンフォード大学時代の成果を元に会社を設立しました。現存する企業「ヒューレット・パッカード=HP」です。彼らは最初に音響の計測装置を製品開発し、ディズニー社に複数台納品をしました。その後のHPの発展は、その周りに関係する企業を呼び込み、シリコンバレーの素地が出来上がって行きました。1950年代になり「ショックレー半導体研究所」が設立され、世界最先端のコンピューターサイエンス研究が進み、1970年代に「アップルコンピューター」が設立されました。このような技術の積み上げを経て時代が進み、1980年代に「ヤフー」「シスコシステムズ」「サンマイクロシステムズ」「グーグル」などが設立されました。この4社はすべてスタンフォード大学の学生が学生時代に設立した会社です。

「電磁気学」では先行していたフランスやイギリスではなく、なぜアメリカでこのような連続的なコンピューターサイエンスやインターネット技術が発展したのか、その理由を改めて振り返りたいと思いますが、一つは前述したような「フーリエ解析」の手法を正しく理解し学生たちに教えた教師がスタンフォード大学にいたこと、また実務の面からこれらの解析手法を利用しようと考えた人たちが大勢いたことが考えられます。

もう一つはこの後に挙げる「電気のインフラ」が他国に先駆けて整ったことが大きかったことも考えられます。

19世紀後半にアメリカで活躍したトーマス・エジソンが発したいくつかの言葉は、彼が「あきらめずにトライアンドエラーを続けること」が重要だと考えていたことが浮かび上がってきます。その考えは「実験実証者」の考えです。そのエジソンは蓄音機や電話の開発も行いましたが、中でも白熱電球を開発し実用化するための事業化に力をそそぎました。その事業の主な仕事は発電所と送電網を作る事でした。

そのような事業を進めている最中、エジソン電灯会社に一人の若者が入社しました。ニコラ・テスラです。彼はそれまでエジソンが進めていた直流送電の方式に対し、交流送電の優位性を理論的に説明しましたが、理解されず反対され失職することになりました。そのことがきっかけでエジソン率いるエジソン・ゼネラル・エレクトリック・カンパニーとテスラが率いるジョージ・ウエスティングハウスの間で「電流戦争」が勃発しました。結果はテスラに軍配が上がり、その交流送電方式は現代にも引き継がれています。

「実験実証者」のエジソンは小学校を中退し独学で様々な分野に興味を持ち実務と経験から学んだ、浅く広い知識のタイプです。これとは反対にテスラは高学歴の「理論科学者」で狭く深い知識を持つタイプでした。互いがその事を理解せずにぶつかる事はよくありますが、この時も同様に確執が起こりました。

「実験実証者」は予想と違う事にも興味を持ち、横展開がうまいので新しい発見が多く技術革新も起こりやすいです。それに比べ「理論科学者」は予想と違う事は捨てるべきものと判断をするため新しい発見には気が付きにくいのですが、より高いレベルの技術を利用し安定したものを得ることが可能となります。

エジソンは様々な争いで負けましたが、エジソンが開発した白熱電球により発見された「エジソン効果」や誘導コイルの技術はその後の真空管、加えてトランジスタの発明にもつながるものでした。このようにエジソンが様々な科学者と確執をしながらも技術の牽引役となり、かつ世界に先駆けてアメリカ全土の大学や企業、研究機関などに豊富な電力が行きわたることにより、上述のコンピュータサイエンスの基盤技術である、トランジスタの開発や高感度な計測装置などが揃い、発展につながったと考えられます。

エネルギーとして電気が豊富にあるか無いかはその当時、非常に重要なポイントであったと考えられます。

時代はまた戻り、イギリスの産業革命。まだ電気が無い時代でした。イギリスの産業革命における成果物として有名な物は蒸気機関と製鉄、紡績技術などですが、それらを可能にしたのはそれまでの水力や人力・家畜などの動力から「石炭」という新しいエネルギー源を手に入れて利用を始めたからでした。

世界中で炭鉱を探す動きが活発になり石炭の生産量が飛躍的に増加するのですが、産業革命の場合はその前にツール(道具)の技術革新が存在し、その発展が石炭のニーズを連続的に生み出します。

ツールの技術革新に触れる前に、まずは人類史上、最も古くから存在する機械の話に触れたいと思います。それは「時計」です。

バビロニア、エジプト、ギリシアなど紀元前の文明では既に塔の形をしたオベリスクやグノモンなどの日時計が有り、これを用いて時間を読み取っていました。しかしながら、これらはおおまかな時間の経過しか判らないため、水や砂などの流体を用いた時計が作られるようになりました。水時計はまず最初に容器が水で満たされる時間を計り、その後、容器にどのくらいの高さまで水が溜まったかを計る事で時間が読み取れるという物です。その後、より狂いが無く安定した計測をするための改良が施され、アルキメデスなどにより様々な機械仕掛けが発明されていたことが資料として残っています。アンティキテラ(ギリシャ)海底の沈没船から発見された青銅の欠片には歯車構造が見受けられ、既に紀元前200年には直径の違う歯車を複数組み合わせ、回転運動の速さを調整することが可能な機械構造が存在し、かなり正確な日時の経過を計れるようになっていたと考えられます。

この機械構造物はローマ帝国がギリシアを侵略し略奪した物と考えられており、その後ローマ帝国が衰退しルネサンス期が訪れるまでの1500年ものあいだ、文化の発展はほとんどと言ってよいほど見受けらなかったことは、良くも悪くも学ばなければならないことが大いにあるように思います。

15世紀、マゼランやガマの時代になり世界に大航海時代が来ると、船の上でも食事や起床・就寝の時間を知ることが出来るよう、持ち運びが可能な懐中時計が開発されました。それまでより遥かに小型で精密な部品の製作が必要とされたはずです。そうなると、ノミやヤスリで加工をしているだけでは精度も出ず、また生産も追いつかないため加工機が必要となりました。17世紀になると、イギリスで旋盤が発明され、これにより、それまでの手作業に比べて圧倒的に加工精度と加工速度が向上しました。これは非常に強力なツールでした。その後、旋盤を改良したフライス盤も開発されこれらの加工機で金属製の型(金型)やそれを転写した鋳型を製作し、複雑な構造物を大量生産することが可能となりました。また、大航海時代の終焉は植民地時代が到来しアジアで産出される綿を用いて洋服や帆布を織る紡績業や繊維業が始まりました。この場合も生産向上のため「シャトル」などが発明されることで技術も発展し、その動力源として石炭を用いた蒸気機関が発明され、また、石炭により製鉄の技術発展も同時進行することで、蒸気機関車や蒸気船を製造することが可能となりました。

この当時の産業の礎はエネルギー源としての石炭の利用と時計の製造を端に発した加工機の発明だと言えます。

文明というものを考えるとき、それを構成する重要な要素として、衣食住や文字・天文学・哲学、宗教などがありますが、それ以外にも「時計の歴史」というものが存在することを忘れてはなりません。

時代が進み20世紀になると石油の採掘技術に革新があり、石炭に取って代わるものとなり、これはプラスチックを初めとする化成品の原材料となるため、容器や化学薬品に応用されました。また、石油が利用出来る事は内燃機関の発明につながり、これによりディーゼル機関車や自動車の開発が大きく前進することにつながっていきます。

<現代と未来の産業>

このように産業の礎はエネルギーとツールが重要な要素となります。これに基づくと現代社会においてエネルギーは「電気」、ツールは「コンピューター」が中心となり産業の礎となっています。自動車、運輸、食品、工業、商業は当然のこと、農業や水産業といった第一次産業でさえ、コンピューターを利用せずに商いを行おうとすると、競争相手にあっという間に負けてしまうのが現実です。

今後の世の中がどうなるかが重要なポイントですが、近未来、エネルギーとしての電気は既になりつつある「モバイル」が基本となり、ツールは「イメージング」(画像=静止画/映像=動画)が主体でコンピューターの自立学習や深層学習を元に自己判断を行うソフトウェアが基礎となっていきます(AI分野)

今まで高額な計測装置でしか判別できなかった現象やデータも、「可視化」して「画像表現」をすることで、その情報から何を意味しているか迅速に,かつ詳細に導き出すことが可能となります。

人でも視力が良いほうが何かを見つける能力が高いように、画像も高画質であることでコンピューターの自己判断精度が向上します。しかしながら、今後は画像や映像の「諧調(色の濃淡など‥bit」や「時間分解能(動画を構成する時間当たりの画像枚数‥fps)」が更に重要な要素として注目されていきます。

人の目は1秒間に10コマほどの分解能しかありません。人が普通に外で歩いているときにその人の靴の裏を見ようとしても、裏が見えている時間はちょうど0.1秒くらいの一瞬でしかないので、もし何かが付いていた時に、「何かが付いている」ということには気が付いても、それが何なのかは明確に分かりません。それに比べ、ハエなどの昆虫の目は人の10倍(100コマ/秒)の分解能があり、これは周りの動きが人が感じているより10倍スローに見えてることを意味します。この事が、あのように速く飛びながらも目的の場所に正確に止まったり、飛んだり、逃げたりすることを可能にしています。人の目で従来の生活環境がそのくらいスローで見えるのであれば気が付くことが大いにあることでしょう。

世の中には映像として諧調や時間分解能が刻々と変わる現象が数多く存在します。自然現象、人や動物、植物、工業製品、建築物、交通などでこれらの変化を見つけ出す精度が上がることで、サービスの向上や新しい発見につながります。特に昆虫を中心とする生物の機能(動き)や構造から新しい発見が多く見つかる事が想像できます。

話しは変わり、生命においてはエネルギーといえば「ミトコンドリア」が生産する「ATP:アデノシン-トリ-フォスフェイト」であり、ツールといえば「たんぱく質」です。ヒトゲノム計画の完了(2003年)により、このツールとなり部品となる物質が少なくとも22,000種類あることが分かりました。ただ、この非常に多くのツールが、生体内において、いつ、どこで使われているかについては、ほとんど分かっていないというのが現状です。これは仕方がないことで、生命体は何億年を超える時間を経て作られてきたものであり、おいそれと分かるはずがありません。現在の最高の分析技術を用いても、生体サンプルをどれだけ集めても、複雑な高等生物であればあるほど微量な成分を見つけだすことは非常に難しく、しかもそれが食事や活動、感情の変化などにより数秒単位、場合によっては数ミリ秒単位でツールの種類や量が刻々と変化します(ダイナミクス)

生体内の複雑さは質量分析装置の測定結果で示すことができます。ヒトから血液サンプルを多く集めて、現在最高の感度・分解能・精度を持つ質量分析装置をもって測定を行うと、最大で1万種類のたんぱく質を一度に同定することができます。これで生体内のたんぱく質を全て測定出来ているとは自信を持って言えませんが、少なくともこのくらいの数は常時、血中に存在すると考えられます。これに加え、たんぱく質以外にもペプチド、糖、有機酸、核酸をはじめ、非常に様々な化合物が存在し、その数は100万種を超えると想定されています。また普段、口にする食べ物のほとんどが生物由来(肉、野菜)であるため、例えば人参ひとかけらを食しただけでも数万種の化合物が消化器官に入ったことになります。

最近になり「科学的根拠=エビデンス」という言葉をよく聞きます。医療や健康に関係する情報が語られる際には特にこの言葉が飛び交いますが、情報を受け取る側は改めて自分なりに考える必要があります。特にメディアなどで、「ある食材に含まれるⅩ化合物が体に良い」と言い、その検証としてある1つのたんぱく質=1遺伝子に特化してその量が上がったから健康に良いのだと説明していることがあり、このような事は他の食材や化合物でも多く見受けられます。これを科学的根拠が取れていると言って説明しています。実際には、先に挙げたとおり、生体内ではさまざまな化合物が複雑でありながらバランスを保っており、その1種類の量が多少増減しようともほとんど意味をもたらすことはなく、全体がどう変化したことで、どのような表現系(少なくとも数十人が同じ生活環境下でどのような体の変化)が生じたかが重要となります。

先進国に住む人々は、普段の食生活において栄養的な不足を気にしなくとも、満ち足りていると思って間違いはありません。それよりも現代は、食物を過剰に摂取しすぎることが健康に害を及ぼしています。生体は都合の良いことに、食物の摂取に関しては、一度に非常に多く食べても、逆に何日も食べなくても生きていくことが可能なくらい柔軟性があります。食材に含まれる様々な化合物の影響は、短期間の摂取であれば恐らく良くも悪くもないので影響を及ぼさないと思われますが、もし長期間過剰摂取をし続けた場合は悪影響が出る可能性が高くなります。人間の歴史の中であまり摂取をしてこなかった化合物は体内で処理できるツールが無いため、蓄積して悪影響を及ぼす可能性があるからです。典型的な過剰摂取物質としては、人工甘味料や人工油、食材ではありませんが薬剤などが挙げられます。また、現在の計測装置では測定できない微量な有毒物質が様々な食材に含まれていることがあります。

科学の教科書は常に書き換えられます。現在の常識は来年には非常識になっているかもしれません。科学的根拠は「科学的検証の結果」としてもたらされます。科学的検証は実験や統計によりデータを出すことですが、この実験手法や統計手法が正しいかどうか?あるいは得られた結果の考察が正しいかどうか?が、様々な要因で違ってきます。実際に10年前の技術で得られたデータと現在の技術で得られたデータでは大きく異なることもよく見受けられます。

【生物は液体に溶解する化合物の集合体】です。特別な物体のように見えても基本的には「熱力学=熱、電気、磁気の力や化学的平衡」で成り立ちます。生物が特別なのは、そのような反応が非常に多く、同時に行われていることです。

ツールであるたんぱく質が生体内・生体外で他の物質に対して作用するときには呼び方が変わり「酵素」と呼ばれます。酵素が作用する相手方を「基質」と呼びます。酵素と基質は授業において、カギと鍵穴の関係であると習います。そうすると、「たんぱく質1のa穴にはA基質しか入ることが出来ず、B基質やC基質は入らない」と考えてしまいますが、必ずしもそうではありません。A基質とB基質とC基質が同じ量存在した場合に、A基質が最も入りやすいという事になりますが、Bの量が増えた場合、Cの量が増えた場合ではそれぞれ反応が異なってきます。このように一つのたんぱく質に対しても複数の化合物が反応します。

特に薬剤については、先に挙げた「カギと鍵穴」の考えを元にしたDDS(ドラッグデリバリーシステム)が基本的な考えとして存在します。体内に薬剤を取り入れる方法は主に消化器官からの吸収と血液への直接投与(点滴や注射)が主となります。服用した薬剤は胃から小腸にかけて肝門脈を経由して肝臓に取込み、その後血液に乗り全身をめぐります。肝臓から一部は胆のうや胆管、すい臓を経て再度十二指腸付近で消化器官に戻ります。いずれにしても全身を巡りながら、カギと鍵穴の理論で対象となる1種類のたんぱく質をめがけて薬剤を効かせようとします。このとき、血液中には先述のように数万種以上のたんぱく質や代謝物が存在し、それらも似たような鍵穴を持っています。本当に目的の1種類のたんぱく質のみにカギがささるという事は普通に考えればあり得ることではなく、この投薬前の食事に含まれる化合物や内分泌ホルモンなどの量的バランスによって、薬が効く、効かない、副作用が出る、副作用が出ない、ということが起こります。また、吸収されずに小腸から大腸に移行していこうとする薬剤は小腸を過ぎて大腸に入った所から蠕動(ぜんどう)運動が無くなるため滞留します。

話しは少し反れますが、がんは体内で滞留する場所に発生します。血液などの流れがある箇所での発生=血管がん、小腸がん、心臓がん、リンパ管がんなどは、ほとんど聞いたことがありません。それに比べてほとんどの臓器はろ過機能がありますので、化合物やそれ以外のものがそこに滞留します。リンパ系ではリンパ節は臓器と同じような構造となっており、よくがんが発生する箇所です。

薬剤の副作用の有無については、米国FDAや日本の厚生労働省などの指針に基づき、製薬企業は日々研究を重ねています。しかしながら、コスト面や技術の面で大きな壁にぶつかっています。

副作用の件において、ヒトで最初から最後まで実証を行う事は難しいため、動物を用いて実験を行います。その動物はマウスやラットが基本です。

マウスおよびラットはライフサイエンス研究のモデル動物として古くから利用されてきました。その理由は①繁殖サイクルが早い(妊娠期間が短い) ②取扱いしやすい(暴れても人間の手におえる) ③ヒトと遺伝情報が近似(相同性=99%)が挙げられます。

特に創薬の分野において、疾患モデルマウス(高血圧など)を作製し、その治療効果を持つ薬剤を探索する(マウスに注射し血圧が下がるかどうかを確かめる)ことが行われています。

マウスでの実験(前臨床試験)でその薬剤に効能があり毒性が低いことが分かると、その後ヒトでの実験(臨床試験)につながります。

しかしながら、そこまで到達するためには非常に高いハードルが存在し、2011年から2015年の実績ベースで、マウスで効能が見つかった薬剤候補となる化合物数=700,000に対して、臨床試験に移行できた化合物数は=70となっています。

一度は科学的根拠という名の元に効能があると言われた薬剤候補が非臨床(前臨床)でここまで絞り込まれてしまう理由も、いざ臨床試験に入ったものの認可を受けられない理由も、そもそも最初に効能がありそうだと考えた科学的根拠の取り方や考え方に偏りがあったり勘違いなども理由として見受けられます。

しかしながら、これらは長年にわたって「ヒトとマウスでは何かが違う」の一言で片づけてしまっていました。実際には先に挙げたとおり、ヒトとマウスの遺伝情報は99%の相同性があり、残り1%の違いでここまでの違いが出るとは考えられません。

また、現在は一度病気になると薬剤を長年飲み続ける傾向があります。当然このときの薬剤は厚生労働省の認可を経て市場に出ている物ですので、効能があり安全性が高いと認められている物です。

しかしながら、これも下記のことを留意する必要があります。

脳血管疾患、心臓疾患、糖尿病、アルツハイマー、難病、高血圧などあらゆる病気に関して、数年にわたり複数の薬剤を飲み続けているケースが見受けられます。病気によってはこれらの薬剤を急に止めてしまうと悪影響がでる恐れも当然あります。それでも、非臨床試験で行われる毒性試験はマウスやラットが基本なので、それら動物の寿命となる最大で2~3年間までしか投与を続けることができません。

マウスやラットの代謝速度、脈拍、呼吸回数などは早いので、ヒトと同時間軸で並べることが常に正しいとは思いませんが、それでも投与期間はヒトが飲み続ける期間より短く、また上に挙げた病気を複数罹患した場合に複数の薬剤を飲み合わせたらどうなるかについて、逐一製薬メーカーが検討する事は不可能に近いです。

本当にヒトにおいて毒性が低いかどうかを検討するには、アカゲザルなどの霊長目を実験動物として用いるべきですが、上記のとおり一頭あたりの値段、またこの値段より遥かに高い飼育コストなどを踏まえて実験計画を作らなければならず、繁殖や飼育の難しさ、コストを考えるとこれも現実的ではありません。

今までは科学的根拠を取るためと称して、再現性を得るために非常に多くのマウスやラットを実験で用いました。その場合に行われる実験方法も技術が未熟なために、ヒトに応用できる手法とは到底言えない事が行われています。例えば注射一つを取ってみても、あの小柄なマウスに対して1mLの薬液量を一度に注入します。マウスの体重は50gほどで、ヒトが50kgだとすれば、1/1000の重さです。ですのでヒトに換算すると一度に1000mL(牛乳パック1つ分)を注入していることになります。

実験動物を利用する必要性は今後も減らないと考えられますが、マウスを消耗品として用いる今までの実験手法には改善が必須です。また副作用が起こった場合に感情を発すること(気分が悪いなど)の重要性を考え、霊長目であるマーモセットのような小型サルのように繁殖サイクルが早く飼育し易い動物を用いて、ヒト一人と同じように大事に扱いながら実験を行っていくことを主流にしていく必要があります。

また、現在の血液検査を始めとする様々な病気の診断についても、ほとんどを見直さなければいけない時期が来ています。今までに存在するマーカーの多くが、健常人と患者の血液比較から導き出されたものですが、患者は既に投薬が始まっている場合が多く、薬剤に影響を受けている血液を比較してしまっていたことが多いからです。特にがん診断において、抗がん剤には細胞分裂阻害剤を用いており、生体に対して非常に強い作用を及ぼしている可能性があるため、既に抗がん剤の投与が始まった患者と健常人の比較で見つかった違いは参考にしてはいけない可能性が高いです。現状のがん診断の科学的根拠はこのことを踏まえてない場合が多く、見直す余地があります。

今後はがんや他の病気でも、投薬治療が始まっていない「早期」患者のサンプルを入手し、そこから健常者とは違う何かを見つけ出していく必要があります。

<産業と資本主義>

ここで少し「化学」の話をします。化学の礎は「錬金術」と大いに関係があります。錬金術は他の物質(特に水銀や鉄などの金属や岩石)から黄金を作り出す方法を試みる術です。

錬金術が行われ始めたのは、紀元前1000年頃からでローマ帝国の支配が及ばない西アジア~ペルシャ~インドの地でした。黄金を作り出すために、まずは何から構成されているかを知らなければならないため、黄金を溶かす試みが行われました。

8世紀から9世紀ごろのバグダットに住んでいたジャービルは強酸を用いるといくつかの金属が溶けることを見出し、いくつかの製造方法(加熱による蒸留や溶解、これによる精製、結晶化など)を発見・駆使し、硫酸や塩酸、硝酸を作り出すことに成功しました。そして、これらが金を溶かす王水の発見にもつながりました。ジャービルが賞賛に値するのは多くの化学物質や化合物の製造方法を発見し、それを文献として残したことです。また、この時代に発見された製造方法が現在においてもスタンダードな方法であることは驚くべきことです。それほど当時は超越した技術でした。

その後、時代は変わりルネサンス以降のヨーロッパにおいても錬金術が活発に行われるようになり、錬金術は化学と生命科学(特に薬学)に移行していきます。

日本においては、化学は開国以降に入ってきた知識で比較的新しい学問でしたが、これに近いものとして「発酵」の技術が存在しました。これは世界的にみても長い歴史があり、洗練され優れていました。このことが日本人が化学の知識を迅速に取り入れることができた理由だと考えられます。旧財閥がそれまで石炭の事業で蓄えた財力を資本に、また、石炭の応用や石油への移行を見据えて、化学会社を立ち上げていきました。

時代は戻りインドではこの流れとは全く別に、古くから独自で冶金術と錬金術の技術を磨き、質の高い金属加工品やガラス品を製造していました。紀元前6世紀にはウーツ鋼と呼ばれる、るつぼで高温に焼かれた非常に硬くて錆びない金属が作られていたという歴史があります。ウーツ鋼は現在の技術をもってしても、再現できません。このことが化学の本質を物語っています。

化学の本質は「目に見えない」ことです。目に見える物は真似をされやすいのですが、目に見えない物は成分が複雑であればあるほど真似をするのが非常に難しいです。スープのレシピのような物です。

ですので、化学は非常に長い歴史の上に培われてきたものであり、後から追いかけても難しいところがあります。核兵器を保有するには化学の知識が必要ですが、インド、パキスタン、イランなどが核を保有できたのも、このような化学の礎が存在したのが理由と思われます。

中国の核技術は北朝鮮から得た物であり、北朝鮮はイランから得たと推測されています。

近年、技術開発への大きな投資を元に、中国経済の発展が著しいですが、中国はいまだに化学工業は道半ばの状況です。インドにおいては製薬企業が先に大きく育ちましたが、中国では近年やっとそれに追随してきました。ただ医薬品の純度は半導体で使用される薬品よりも大きく劣ります。自動車産業や半導体産業においても、非常に様々な化学薬品を使用しますが品質上の問題で米国製や日本製には大きく後れを取ります。

しかしながら、中国は先に挙げたように他国とは比べものにならないほどの大きな投資を行ってきました。これは自由経済下での成長から生まれた資産のみではなく、国家資本主義とも呼べる政府が行う大きな直接投資が可能にしてきたことです。

経済大国である米国、中国、日本は、既に「財源」という概念を無視して経済活動を行っています。信用創造や直接的創造により、お金を際限なく作り出しています。通常このようなことを行うとハイパーインフレになるというのが従来の経済学での定説で、いまだ現在の常識ですが、実際にはそのようにはなっていません。

米国のように、世界の基軸通貨である場合や、中国のように土地と食物の価格を政府がコントロール出来る場合、また日本のように将来が不安で預金ばかりが膨らみ、お金が市場に回らない場合はインフレにならないことがある意味実証されています。特に中国の場合、この10年は外貨準備金と外国債券を担保に自国通貨を自由に作り出して経済を発展させてきたという実情があります。

これはもはや自由市場の資本主義ではありません。

EUのおおかたの国が経済的に厳しい状況になりつつあるのは、自国通貨がなくユーロ建てで行っているからであり、お金が無くなるとEUから借りなければならないからです。英国がEUから離脱したい理由も根本的にはお金のことが要因と思われます。

日本では目標のGDPを確保するために近年赤字国債を40兆円以上発行し、このほとんどが補正予算や補助金として国内大手企業の利益に流れ込んでいて、競争力を失う原因の一つともなっています。また、世界的に先進国は行き過ぎた法律や規制、コンプライアンスなどの束縛から逃れられなくなっており、中国のように国家主導で規制をいつでも自由に変更できる国と比較すると驚くほどの差であらゆることが停滞します。

近い将来、米国と中国の経済格差が無くなる事は確実です。米国もすぐには今の束縛から逃れられません。

しかしながら中国の経済発展の結果として、大気汚染や温暖化により、人々の生活にひずみが生じています。中国の経済発展により、揚子江や黄河に温水が流れ、東シナ海の海水温を上昇させ、日本に豪雨をもたらしています。だからといって中国だけが悪いわけではありませんが、米国との経済関係が悪化し、ロシアとの協力関係を始めると今度はアムール川流域が工業地帯として開発が進められることになります。

アムール川から海に流れ出る栄養分は北太平洋全域の生態系に影響を与えていると言われております。様々な鉱物やイオンを含んだ水は植物性プランクトンの成長を育みます。

産業の発展は大いに人の生活を豊かにしました。衣食住・公衆衛生・移動手段・通信情報など、戦後とは比較にならない環境の変化が起こりました。もっと言えばパーソナルコンピューターが普及し、インターネットが世の中に確立してから起きた変化は、非常に加速的であり、後世から振り返れば、あらゆる技術分野において特異な変化点として示されることでしょう。

しかしながら、このことがより多くの人々を幸福にしたかというと、どうしてもそのようには見えません。なぜなら、お金が一番大事で、人の健康や地域の環境は二の次だからです。

ここで文明や産業の発展に大きな影響をもたらしてきた「宗教」のことにも少し触れます。紀元前には現在のよう確固とした宗教は無く、いうならば自然や宇宙など、そこら中に神がいる「多神教」あるいは「無神論」の考えが主でした。そこへ、ユダヤ教を起源とするいくつかの「一神教」が生まれてきました。一神教は崇高する「誰か」の存在があり、その教えを信じる者は逆にそれ以外の誰かを信じないということに行きつきます。これは争いの種になります。多神教であれば、個々が信じるものは共通しますので争いは起きにくいのですが、一神教では理想の違いが生じやすいです。

特に「宗教は一人の偉大な個人に対しては強い自責の念を与え、多数の大衆に対してはわずかな他責の念を与える」という姿が見受けられます。一神教では「誰かがこう言っていたから」というように他人のせいにし易いです。しかしながら、ニュートンやアインシュタインのように、非常に強い自責の念をもって、「神に代わり自分がやらなければならない」という強力な自責の念も生み出されることがあります。このような超越した精神状態の「個人」から、すべての産業の礎は生み出されたと言っても過言ではありません。

現代ではこのような宗教間の争いも行き過ぎてしまい、毎年非常に多くの犠牲者を生み出している現状があります。また、白人至上主義を掲げて資本主義で起こる差別や貧富の差も宗教が最も根底にあります。

今までの、お金を増やすことが「善」で減らすことが「悪」というような基準を変えるべき時が近づいている気がします。

これを変えられなければ、次の世代に必ず禍根を残し、もっと大きな争いの種になります。お金を使えば使うほど、人々の暮らしに良い結果をもたらすものであればどんどん使うべきですが、使えば使うほど暮らしに悪影響を及ぼすものであるならば、それは止めるべきです。

人は自分たちの事を高等動物と呼びます。頭脳が、ということでしょうか?

人の持つ技術などたかがしれていることは、やはり生き物が教えてくれます。何年か経つと生き物を一から作れるようになるのでしょうか?これはどんなに技術力が上がっても不可能だと言い切れます。蚊とそっくりな機能のロボットを一匹作れるようになるのには百年かかっても無理です。

人は世の中で最も浅はかな、生き物です。

今までに例を挙げたように正しいと思ってやった事が間違っていたなど往々にしてあります。自然環境を破壊し、目には普段映らない生き物を、日々、この世から無くして、二度と会えなくしています。この事が実感出来ないのであれば、想像してみましょう。明日から身近にいるすずめがいなくなったら?川から魚がいなくなったら?これらは実際に既に起こっていることですが、大半の人は何も感じていないでしょう。

それに比べて人以外の生き物は、自然と調和し、自然を傷つけず、他の生き物を生かしながら脈々と活動しています。

地中の生き物は植物のための土を作り、植物は動物のための酸素を作り、食物にもなります。

次世代の産業は自然と波長を合わせ、誰もが健康で幸福な日々を送るためのものとなり、そのような思想とツールが我が国から生まれることを心から望みます。 (2019.7.26)