多階層ロボティクス

生化学・化学の研究は、取り扱う成分のほとんどが液体溶解するものであるが故に、液体操作が最も基盤となる技術となります。1970年代まではホールピペット:取り扱い液量は=mL、その後は、ギルソン社やエッペンドルフ社のマイクロピペットの開発、ヌンク社のマイクロウェルプレートの開発により取り扱い液量は=μLとなりました。これに加えてコンピューターの進歩とともに多検体スクリーニングによるデータベース化へと研究が変遷していきました。

これにより、研究結果は「再現性」という名のもと「質より量」が求められるようになり、論文の審査や米国FDA、あるいは日本の厚生労働省でも食品や医薬品の安全性に認可を付与するときに、その点を重要視するようになります。

しかしながら、そのような「質より量」を求める手法が、あたかも進んでいるように見えていた生化学研究の進歩を滞らせている主要因の一つとなっていることは、ほとんどの人が気が付いていないのが現状です。

生化学・化学研究は料理のレシピのようなものです。とは言っても、小さじ一杯(5mL)・大さじ一杯(15mL)と現在の研究では1サンプルあたりにそこまで多くの量を取り扱うことは無く、マイクロピペットを用いて100μL(水だと0.1g)、10μL(0.01g)、あるいは1μL(0.001g)という料理とは比較にならない微量液量を各容器に分注していきます。この時、実際に容器に入っている液量は、個人差によっても、ピペットによっても異なり、小さじ一杯で量る精度(実際に量りたい数値からのずれ範囲)は、それこそ料理の目分量とほとんど変わらないか、はるかに精度が劣ることもしばしば起こります。これは根本的に上述したような「質より量」を求めるところに原因があります。量=数をこなさなければならないため疲れてくることもあるでしょうし、または性格的に細かい作業が苦手な人である場合もあります。

そこで、人に代わり「分注ロボット」という装置を用いて、溶液の定量的な吸引・吐出を次々と連続的に各容器に行います。分注ロボットは人とは違い、疲れを知らないため、連続的に同じ条件で分注を行ってくれます。ただ、これは諸刃の剣のような局面も合わせ持っており、人では気が付くような普段と違う溶液の変化なども見逃してしまい、それでいて止まらずに同条件の分注を繰り返し行ってしまいます。また、分注ロボットは比較的高額な装置です。その中でも最高グレードの装置は軽く1000万円を超えますが、その精度(CV値)は±5%以下と必ずしも精度が高いとは言えません。また、取り扱う液量が微量になればなるほど、当然ながら精度が低下します。

このような精度の低下は、実験データがばらつくことなどに影響を及ぼします。このようにデータがばらつかないようにするためにはボリュームを増やすなどの変更を行うことになります。

このようなボリュームを増やすという変更や、「再現性が取れなければならない」という考え方は、「いつも同じデータでなければいけない」という強迫観念のようなもので、その様な場合には決まってその方向へバイアスがかかります。具体的には都合の悪いデータを排除するということです。そして、このことは「いつもと違う新しい発見」を見逃すことにもつながります。

「精度」と「高感度」は基本的にトレードオフの関係にあります。取り扱う液体を微量化することは、コストダウンにもつながりますが、同時に高感度化にもつながります。人間の味覚や嗅覚はある意味で計測器ですが、溶解している成分の量が濃いと当然感知しやすくなります。1リットルの水に1g溶けている砂糖を感知するのは至難の業ですが、水を蒸発させて1/500量の2ミリリットルにしてしまえば、50%の砂糖水になりこれ以上ないほど甘く感じます。同様に計測装置でも濃縮して測定を行うことで、測定したいサンプルを高感度で測定することが可能です。

実際の計測においては、「定性」と「定量」が求められます。定性は先の例で言うと水に何が含まれているか?という問いになり、答えは「砂糖」となります。定量はどのくらいの量がふくまれているか?という問いになり、答えは「50%」となります。